人体アパートメントの人気物件の裏事情!

ちびまるフォイ

となりの臓器は青く見えちゃう説

「あ、また動いた」


いわくつきの物件に住んでからというもの、

あらゆる物音には慣れてしまった。


「お前、こんな狭い臓器でよく暮らせるよな」


「慣れれば平気だよ」


「はぁーー。これだから野心のない奴は。

 こんな下腹部の臓器に甘んじて、心臓とか目とかに行きたいと思わないのか?」


「そりゃ思うけどさ」


「俺の友達なんか、大腸にいるけど」


「えっ、大腸!? 家賃が安い代わりに、ものすごい匂いの!?」


「慣れれば平気って言って、別の臓器に行こうとしないんだ。

 ある意味、お前もそれと同じだぞ」


「そ、そうかも……」


自分の住んでいる臓器に友達を呼んで聞かされた話。

どこかで努力することを諦めていた自分に気付かされた。


「俺、がんばるよ! めっちゃ眺めのいい臓器に住んでみせる!」


「その意気だ!!」


それからというもの、人気の臓器に住むために家賃を貯めまくった。

狙うは、体の中でもっとも絶景が楽しめる「目」への引っ越し。


毎日新しい風景が見えるなんて最高だ。


「よっしゃ! たまった! これで住めるぞ!!」


入居しに向かうと、家主ならぬ体主がストップをかけた。


「ごめんねぇ、入居できないんだよ」


「え!? どうしてですか!? 昨日は空きがあるって!」


「それがついさっき入居者が決まったんだよぉ。

 なにせ人気臓器だからね、空いてもすぐに入居するんだよ」


「そんな!」


「家賃が高いからか、すぐにみんな出てっちゃうから、回転率は高いんだけどねぇ」


「しょうがない……待つか……」


体主の言っていたことは本当で目に入居した人は早々に出て入ってしまう。

美人も3日で飽きるというが、良い風景もそうなのだろうか。


俺からしたらもったいないとしか思えない。


「空いてますか!」

「5分前に入居した人が……」


「空いてますか!」

「1分前に入居しちゃって……」


「空いてますか!」

「0.0001秒前に入居者が……」



「入れねぇぇぇ!!!」


目がいかに人気であるかを思い知った。

どれだけすぐに入居可能になっても希望者は殺到するから入れない。


「くそぅ……いったん、別の場所に住もうか……」


今住んでいる下半身の臓器から目までの移動は距離が長い。

いかに早い血流にのったとしてもスタートに送れてしまう。


せめて目に近い場所に住めば……。


「頭のどこかで空いている場所ってありますか?」


「脳は空いてるよぉ」


「脳!? そんな重要な場所こそ人気じゃないんですか!?」


「わからないねぇ、不思議だねぇ」


「住みます!!」


脳へ引っ越すと、圧倒的な情報量に驚いた。

キレイな花畑の風景や、眺めのいい展望台の風景の情報も入ってくる。


「うわぁ! これを見ているのか! ますます目に移住したい!

 でも、脳は脳でいいなぁ!」


見た映像を処理する場所なので、疑似的な眺めも楽しめる。

たくさん情報が流れてくるから退屈しない。

ものすごくチャンネル数の多いテレビを手に入れたような気分。


「みんなバカだな! こんなにいい場所を入居せずにほったらかすなんて!」


すっかり脳への引っ越しに満足した。




それも最初のうちだけで、すぐに嫌気がさした。


「うう……不安と心配の感情ばかりだ……気がめいる……」


脳にはたくさんの感情情報も流れてくる。

宿主の性格のせいか、心配やら不安やらの負の感情ばかり。


毎日、雨に降られているように、こっちの気分まで滅入ってしまう。


「誰も脳に引越ししたがらないのは……これが原因か……」


ふたたび引っ越しの意思を固めた。目指すは目。


「脳で見たあの風景を、この目で見るまで! 俺はあきらめないぞ!!」


脳の高めの家賃の中でコツコツと貯めて、引っ越し費用を工面する。

ふたたび目の空きチェックがはじまった。


前のように下腹部からの大移動ではなく脳から目への移動なので、

脳の血流もあいまって、ずっとスムーズだ。


「空いてますか!」

「さっき決まっちゃってねぇ」


「空いてますか!」

「もう決まっちゃって……」



「空いてますか!!」


「空いてますよぉ」



「え!? 本当に!? 俺、目に入居できるんですか!!」


「おめでとう。あなたが一番乗りですよ。目に引越ししますか?」


「もちろん!!」


圧倒的な競争率を誇る目への引っ越しがついに決まった。

長かった。本当にここまでの道のりは長かった。


脳から荷物を持って、目へと引っ越しする。

脳で見たあの鮮やかな風景を、脳補正ナシで、間近で見ることができる。


「ああ! 本当に楽しみ!!」


うきうきしながら目に引っ越すと、思ったより暗かった。


「……おかしいな。目だから外の光が入ってくると思ったんだけど……」


どこかにスイッチでもあるのかと、水晶体や網膜をいじってみても変わらない。

外につながる窓から外を見ても真っ暗だ。


「まぶたを閉じてるってわけでもないよなぁ……」


まぶたを閉じていても、ここまで真っ暗になることはない。うっすら光が入る。

夜というわけでもない。引っ越すときも脳は活発に動いていた。



「ま、まさか……失明!?」



誰もが憧れる「目」への入居。

でもすぐに入居者は出て入ってしまう。


その理由がわかってしまった。


「うそだろ……それじゃ脳内で見ていたきれいな風景は……。

 今見ていた風景じゃなくて、過去に見た映像を脳内補正されてたのか……」


目に行けば、風景を生で見ることができる。そんなのは幻想だった。

バカ高い家賃で、しかも風景を見ることができないなんて、住む意味がない。


「引っ越そう……」


目にはまた空きができた。

そしてまた、事情を知らない入居希望者が殺到した。


また脳に戻ろうとしたがすでに入居されていて、

そのほかの臓器も完全に埋まっている。気が付けば元の場所へと戻っていた。


「……なんか前より狭く感じるなぁ」


最初の臓器へと戻ってきてしまった。

下半身の臓器は総じて人気ないのですぐに入居できてしまう。


久しぶりに戻って来たからか、前より部屋が狭く感じてしまう。

よくこんな場所に不満ひとつ持たずに生活したものだ。


「はぁ……新しい世界の風景、見たかったなぁ……」


日増しに住んでいる部屋は狭くなっていく。

壁がどんどん迫ってきている。


「い、いったいどうなってるんだ!? 俺が住んでない間に何があったんだ!」


引っ越しするにも、狭すぎて移動できない。

壁際に追いやられて身動きも取れなくなっている。


「だ、だれか! 誰か助けてくれ――!」


その瞬間、一気に部屋が広くなった。






『ほぎゃあ!! ほぎゃあ!!』


『がんばりましたね、生まれましたよ。元気な赤ちゃんです』

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