第12話 神秘の世界テトレーション
「ねえはかせ」
「なあに?」
いつものロクリアちゃんと過ごす午後である。私はいつも午前中と深夜に研究をしているから、午後はすべてロクリアちゃんに時間を捧げている。もちろん、不快に思ったことは一度もない。ロクリアちゃんはこの時期に毎日のようにここに通っているけれども、友達との関係は大丈夫なんだろうか?勉強はしっかりできているのか?とても心配になる。でも、それを導くのは先生や両親の役割だ。私の役割はロクリアちゃんに楽しい世界を見せることである。
「結局πって無理数なの?」
「うーん、難しいよね。ロクリアちゃんは、πが整数でないこと、証明できる?」
「πは整数じゃないよ。だって、3.1415...だもん」
「それって、学校で教えてもらったから知ってるだけでしょ?3より大きくて4より小さい。常識だよね。でも、それ、証明できる?」
「例えば円柱に紐を巻き付けて長さを計るとか」
「それでも確かに確認にはなってるけど、証明とは違うよね。紐が伸びちゃっただけかもしれない」
「じゃあ、こういうのはどう?
円に内接する正六角形の周の長さは、正六角形の最も長い対角線の3倍の長さであるから、円周は直径の3倍より長い。よって
π>3
円に外接する正方形の周の長さは、一辺の4倍の長さであるから、円周は直径の4倍より短い。よって
π<4
これをまとめて
3<π<4
3より大きく4より小さい整数はないので、πは整数ではない」
・・・少しの沈黙・・・
「ねえロクリアちゃん?」
「何か間違ったこと言った?」
「いや・・・むしろ、完璧だなーと思って」
「でしょ。実はね、アルキメデスが正96角形を使って円周率のだいたいの値を求めたって話があって、私でも正方形くらいでならできそう、って思ったの」
ロクリアちゃんは知らないことがあるのが許せない性格だ。そして、どんなことでも引っかかったら口に出す癖がある。しかし、今日はさらにとんでもないことが口から飛び出した。
「π^π^π^πって整数?」
「え?」
とんでもない質問に面を食らう私
「整数だと思う?」
「いや・・・整数じゃないでしょ・・・」
「実は整数でしたー!」
いたずらっぽく笑うロクリアちゃん。
「まさか・・・そんなはずないよ」
「じゃあ証明できる?」
完全に立場が逆転してしまった。しかし、私には関数電卓がある。
「πが3.14159265...って値なのはわかってるってことでいい?」
「いーよ」
関数電卓で計算する。
π^π=36.462159607207811770990...
なぜこの私が気付かなかったんだろう。関数電卓の限界に。そして、言い訳を考えるために、もう少しだけ計算する。
π^π^π=1340164183006357435.2974491296401...
もちろん知っていた。これくらいの大きさの数になるだろうな、ということは。
π^π^π^π
なら666262452970848504桁の数になる。そして、ここまで数が大きいと、対数を取ろうが何をしようが、コンピュータでは整数かどうかなんてわかりはしない。
「ごめん、わからなかった」
素直に降参する。
「わたし、これ調べたんだ。まだ整数かどうか知られてないんだって」
「ねえ、ロクリアちゃん、じゃあ僕からも問題出すよ。
100^100^100と、5^5^5^5ってどっちが大きいと思う?」
「えー、100^100^100っぽいけどー・・・、でもこういう問題を出すってことは5^5^5^5のほうが大きいんだ!」
「まあ、そうなんだけど・・・計算してみるとわかるよ。
比較のために、100^(100^100)と、5^(5^5^5)としてみて、まず100^100と5^5^5を比べてみよう。もし、100^100のほうが大きければ、底も指数も大きい100^100^100の勝利だ」
「うん。100^100^100頑張れ!」
「5^5=5×5×5×5×5=3125だよね」
「そーだね」
「ってことは、100より大きい」
「うん」
「とすると、5^3125と100^100だとまだどっちが大きいか、ちょっとわからないよね?」
「そーだね」
「比較が難しいから、100^100のほうにハンデをあげちゃおう。125^100としてみるよ。もし、125^100が5^3125に負けちゃったら、結局は100^100も負けてることになる。
125=5^3であることを利用して、
125^100=(5^3)^100=5^300だ。
ところが、
5^5^5=5^3125
だったので、5^5^5の勝利」
「でもまだわからないよ!100^5^300が、5^5^3125より大きくなるかも!」
「そうだよね。じゃあこの二つを比較しよう。100^5^300はすでにハンデをもらってるから、5^5^3125に負ければそれまで、勝ってもまだわからないよ」
「うん」
「100^5^300にもハンデをあげて、125^5^300にしちゃおう」
「ハンデ貰いすぎ!男らしくないぞ!」
「それで、計算すると、
125^5^300=(5^3)^5^300
=5^(5^300×3)
一方で、
5^5^5^5のほうは、
5^(5^3125)
これで、指数の底が揃ったよ。じゃあ、
5^300×3と5^3125のどちらが大きい?って話になる。
左側に3度めのハンデをあげよう。5^300×3を5^300×5にしちゃう。
そうすると、
5^300×5=5^301
ここでようやく比較できるようになったよね。
5^301<5^3125
だから、3度もハンデをもらっても勝てなかった100^100^100のほうが小さい」
「こんなハンデ貰い続けてたらずる過ぎるもん。5^5^5^5は潔い!」
「ハンデは勝手にあげただけだけどね。
まとめると
100^100^100<125^125^100=5^(5^300×3)<5^5^301<5^5^3125=5^5^5^5
ちゃんと順序よく並んでくれてるよね。
ところで、指数を5^5^5^5...って並べることを指数タワーって言ったり、テトレーションっていったりするよ」
「テトレーション?」
「5^5^...と10個並べた数を考えよう。これは
5^5^5^5^5^5^5^5^5^5
のことだよ。「5」っていう数字が10個あるだけで、記号「^」は9つしかないことに注意してね」
「この数大きそう!!」
「すごく大きいよ。それでね、この数のことを、
5^^10
と書くことにしよう」
「へんなの^^」
「うん、例えば、4^4^4^4は4^^4ってまとめられる」
「100^100^100は100^^3だね!迫力無くなっちゃった。
ところで、4^^4と100^^3はどっちが大きいの?」
「それはねー、すごく難しい問題だ。対数っていう考えが必要になる」
「たいすう」
「それはまた今度ね」
定理7.
円周率は整数でない
定理8.
100^^3<5^^4
注)5^^4のことを5↑↑4と書く流儀もあり、これはクヌースの矢印表記と呼ばれる。本文では、簡単のために、5^^4と書く。これはクヌース自身も省略記号として認めている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます