第78話 記者の証言

 東支所の警務隊士ハリソン・ブルックスの協力により、集合住宅の部屋を借りて現地本部を設置したレオカシオは、次々舞い込んでくる情報を手分けしてまとめ、可能性をひとつひとつ潰していく。オノーレ学士の報告通り馬車事故の可能性はなくなり、福利厚生課のロペス事務員に借りた鍵で華子の部屋に入ったところ、そこには誰もおらず魔力の痕跡からも昨日は帰宅していないことも判明した。住宅の外通路には複数名の魔力が残っており、これから照合していかなければならない。


「班長、記者と名乗る男を対象の部屋の前で確保しました」

「記者? どこの者だ」


 部下からの報告にレオカシオは溜め息を吐く。警務隊と記者の関係は切っても切れず、事件があれば事件記者が直ぐに嗅ぎつけて現場にやってくる。しかし今回はレオカシオも他の隊士も隊服ではなく私服であり、揃えた人数も少ない。


 顔見知りの記者ならいいが、伯母上の部屋の前とはどういうことだ?


「事件記者ではないようです。おそらく醜聞記者かと」

「醜聞記者か……話を聞きたい、連れて来てくれ」

「はっ! 」


 ここは客人専用の集合住宅だ。特に華子が入居してからしばらくは付近を張り込む記者もいたが、今は結界の効果もあり落ち着いた、とリカルドから聞いていた。だからなのか、レオカシオは引っかかるものを感じたのだ。


 伯母上の素性がバレたのか? だとしたら伯母上は記者から逃げているのかもしれないな。


 醜聞記者は事件記者よりも変なところで執念深い面があり、記者から付き纏われていたのであればどこかに避難していることも考えられる。合流した部下のロドリゴたちは既に華子の魔力を辿って周辺の捜索を開始しているが、案外近場にいる可能性もある。

 集合住宅の住人は、理髪師のチャンユラ夫妻と警務隊士のブルックス、配達員のフェリペナードと学術院に通うブランディール、それに華子のみだ。その内所在が確認できていないのは、ブランディールと華子の二人だった。これはどういうことなのだろう、とレオカシオは二人の関連性を精査していたところ、ブルックスから「ブランディールは人付き合いが苦手で、ミズ・ハナコは彼女から避けられていると言っていた」との証言を得た。


「益々わからんな」


 ブランディールについては、世話役のチャンユラ夫妻からも、人間関係に問題ありという報告も受けている。しかし、一方的にブランディールが他人との関わりを避けているようで、仮に華子との間に何らかの問題があったとすれば、どこに接点があったのだろうか。


「連れて来ました」

「中に入ってもらえ」


 いかつい体躯の警務隊士に連れて来られた男は、可哀想なくらい怯えていた。小綺麗な服装だが、目立たない暗い灰色のシャツとニッカボッカ。レオカシオが良く知る、記者の定番の革の鞄に歩きやすい靴。見た感じは、まさに記者そのものだ。


「私は警務隊本部のウルティアガだ。記者と名乗る君がここに何の用があるのか聞かせてもらえないかな」

「あ、あのっ、私は、が、ガルシア出版社の記者、です。と、問い合わせていた、いただけたら、わかります! 」

「ふぅん、君、名前は? 」

「ホセ・ナバーロです」


 レオカシオが魔力を込めた金色の目を細めると、ホセ・ナバーロと名乗った記者が大量の汗をかきはじめた。視線が定まらず、常にうろうろと泳がせている。それから思いついたように名刺を取り出し、震える手でレオカシオに差し出してきた。ナバーロの言った通り、ガルシア出版社の社章が浮かび上がるそれは、多分本物だろう。


「緊張しなくていい、座ってゆっくり話をしよう」


 さりげなく相手の手を掴んでソファに促すと、ナバーロはよろめきながらも素直に座った。掴んだ手のひらにも汗をかいていたので、総合的に観て何かやましいことがあるようだ。

 レオカシオは背もたれのない足高の丸椅子を引っ張ってきて、ナバーロの前に座った。


「ナバーロ君は何故ここへ? 私を張っても今日は何も出てこないよ」

「い、いえ、別に貴方様を張っていたわけでは」

「ほう、ではどうして? 」

「う、あの……こ、ここに、噂の客人が住んでいるかもしれないと、思いまして」

「噂の客人って? 」


 レオカシオの問いかけに、ナバーロは返答に詰まったかのように言い淀む。レオカシオはそれ以上追及せずに、ただ、黙ってじっとナバーロの目を見た。耐えられなかったのか、目を逸らしたナバーロがか細い声で呟くように答える。


「だ、第九、王子殿下の……ア、アルマだと、噂の」

「へぇ、そんな噂があるんだ。それはどこかで聞いたのかい? 」

「新しく来た、客人が、で、殿下のアルマだと、夏の祭りのときに、虹色の印を見た者もいるのです! 」


 確かリカルドは祭りの最終日に華子を伴って街に繰り出していたな、と記憶していたレオカシオは、眉間に寄りそうになる皺を伸ばす。誰に見られいるのかわからないというのに、不注意にも程がある。


「多分、その、多分ですけど、その客人の女性を見つけまして、話を聞かせて欲しくて」

「その女性はどこで見つけた」

「あ、一昨日の晩に、ここから近くの『ぺぺ・ムーチョ』っていう店で、あの、すみません! 怖がらせるつもりはなかったんです、少し話ができたらと、本当にすみません! 」


 ナバーロは顔面を蒼白にさせ小刻みに震え始め、レオカシオに向かって必死に謝り続ける。この記者が華子のことを探りに来たのは多分間違いないだろう。しかし怖がらせる、とは一体なんのことなのか、答えによっては身柄を拘束する必要がある。


「落ち着いて話そうか、ナバーロ君。怖がらせるとはどういうことだ? 」

「僕はただ、ここいらでは見かけない顔の女性を見かけて、多分客人じゃないかって思って話しかけたんです。もちろん最初から自分は記者だと言いました。でもその女性は僕の話も聞かずに帰ってしまって……すみません、いいネタを探していたんです。付き纏うつもりはありませんでした」


 ソファに座ったまま項垂れたナバーロは何度も謝り、ガタガタと震えていた。ただ、それだけではないはずだ、とレオカシオは思案を巡らせる。記者がしつこいくらい対象に付き纏い揉めるのは日常茶飯事のことで、新人記者や手柄を立てたい記者が形振り構わず取材と称して問題行動を起こすことも多少なりともあることだ。きちんと雇われている記者であれば揉めたときの対処法も知っているわけで、こんなにも怯えることはなく、揉めごとの担当を呼んで後はその者に任せる場合が多い。


「それだけ、か? 」

「えっ、す、すみません」

「私に謝罪する必要はないよ。私はそれだけか、と聞いている。どうだろうナバーロ君」

「いや、そ、の」

「もう一度聞こう……その女性にしたことは、それだけか? 」


 今まで数々の重犯罪者を取調べてきたレオカシオの静かな迫力に、ナバーロはビクッと背筋を伸ばし、再び大量に汗を噴き出した。目を逸らしたくても逸らせない何かがあり、ナバーロが口をパクパクとさせる。


「あ……、ま、魔法術を」

「うん? 」

「客人と確認するために、魔法術を」

「そうか。他には」

「それと同時に、追跡の魔法術を……かけました」

「それで? 」

「痕跡を追って、この集合住宅をみ、見つけたので……翌日の昼過ぎから、ずっと部屋の前で待ち伏せ、してました」

「女性と話せたのか? 」

「いえ、昨日は結局会えなくて、深夜になったから、一旦帰って、今日なら会えるかと思って……」

「ほう。では、ナバーロ君は、一昨日の晩に店で見つけた客人らしき女性に取材を申し入れるも断られた、と。客人証明の紋章を確認するのに、本人の了承はあったのか? 」

「い、いいえ」

「君が勝手に確認したのか。そして追跡の魔法術で女性の部屋を割り出した君は、昨日の昼過ぎから深夜まで待ち伏せするも、女性とは会えず、一旦帰ってから今また様子を見に来たのだな」

「はい、その通りです」


 ナバーロの言ったことの裏付けを取らなければならないが、多分真実を語っているだろう、と判断したレオカシオはすぐさま部下にナバーロが華子にかけたという追跡の魔法術の痕跡を辿るよう指示を出す。細かい時系列を聞き出すのは引き続き部下に任せるとして、これだけは確認しておかなければとナバーロに問いただした。


「正当な理由がある場合を除き、客人証明の紋章を本人の了承なく暴くことは罪だと知らないのか」

「いい、いいえ、し、知ってます」

「追跡の魔法術を取材対象にかけてはならないと教わっただろう」

「は、い」

「後でガルシア出版社には抗議させてもらう、が、君の見つけた客人らしき女性とは、どのような容姿だ? 」

「え、えっと、黒髪の、あまりおうとつのない顔立ちで小柄な人です」

「その女性は、この中にいるか? 」


 レオカシオが差し出した紙を見たナバーロが、コクリと頷く。その紙には何人かの女性の顔が描いてあり、中には華子の似顔絵がもあった。


「この人、です」


記者は迷わず、華子の似顔絵を指し示す。


「間違いないのか? 」

「彫りが浅い顔立ちの、暗い色の目と髪だったので。間違いありません」

「そうか……確認するが、一昨日の夜、この似顔絵の彼女は、確かにこの部屋に帰って来たのだな? 」

「はい、部屋の明かりがつきましたので」

「その後は、姿を見ていないんだな? 」

「はい」


 もしかしたら伯母上は大変なことに巻き込まれたかもしれませんよ……リカルド伯父上。


 レオカシオは深く縦皺が寄った眉間に手を当て、天井を仰いだ。




 ◇◇◇◇◇◇◇◇




 遡ること十刻前––––––


 街灯が立ち並ぶ大通りを、馬車は静かに進んでいた。夜道を行く馬車には消音効果のある魔法術が施してあり、車輪が石畳の上を行くゴトゴトという音が微かに小さく聞こえるだけだ。どこにでもあるような箱型の荷馬車だが、中には貴重な商品が入っており、御者台に座るギリアムは早く取り引きをしてしまいたい、と指定された場所向かって馬車を進める。

 ようやく掴んだ幸運だったが、六ツ脚の獣たちに見つかれば、ギリアムもただでは済まない。取り引き先がどれくらいの値で買ってくれるかわからないが、もうあの屋敷には戻れないので交渉は手短に行いたかった。交渉が決裂した場合には国外に連れ出さなくてはならなくなる。ギリアムの手柄ではあるものの、仲間が関われば取り分が大幅に減ってしまう。手っ取り早く金を手に入れたいギリアムは、出来れば単独で事をうまく運びたいと考え、仲間を頼ることを避けたかった。


「あと少しで俺もこんなしみったれた生活とはおさらばだ」


 興奮が抑えられないようなギラギラとした目で夜道を見据える。

 ギリアムはスル大陸にあるアリステア神聖公国で生まれた農民の息子だった。裕福な家庭ではないものの、農業が盛んな片田舎でそれなりに不自由なく暮らしていたギリアムは、田舎の平凡な生活が退屈になり一攫千金を狙って大店の店子になった。いずれは世界を股にかける貿易商になりたいと働き始めたギリアムに、儲け話と称して今の仕事を持ってきたのは先輩の店子だ。


 幻薬を他の大陸へ運ぶ仕事をしないか。


 まだギリアムが子供の頃には西の大陸で大きな戦争が続いており、それに伴って恐怖心を消すための幻薬が飛ぶように売れていたらしい。宗教国家であるアリステア神聖公国では、ディオス神教と呼ばれる唯一神を崇め奉る教会が力を持っており、儀式の際に使用するお香が一般的に流通している。効果は様々であるが、一番売れているのは『神と交信できる』という効果のあるソーニョだ。

 ソーニョは一種のトランス効果をもたらす幻薬であり、日常的に使用しているアリステア人には精神を落ち着かせる効果しかない。しかし幻薬に耐性のなかったオルトナ人がこれを使ったところ、精神を落ち着かせるどころか逆に興奮状態に陥り、果ては廃人になるものが続出したのだ。

 ソーニョは戦争で疲弊した兵士の間から瞬く間に市井の民にまで広がり、西の大陸で大きな問題となった。現在では輸入が禁止されてしまい、アリステアのみで細々と使用されるにとどまってしまったソーニョであるが、裏社会では莫大な利益を生み出す商品として密かに取り引きがなされている。

 ギリアムは成功報酬に目がくらみ、いわゆる『運び屋』として世界を股にかけることになったというわけだ。

 開発が進み、貿易品の検査では検知できない『デスペルタル』と名付けられた幻薬は、普通のお香に紛れ込ませて世界各地へ運ばれ、密やかにしかし確実に浸透しつつある。フロールシア王国に滞在している間にも表沙汰にはできない大口の顧客も数名できた。

 そろそろ潮時になってきたところで、幻薬とは別の『客人』と呼ばれる商品が手に入るとは思ってもみなかった。ましてや、フロールシア王国第九王子殿下の『魂の伴侶』と噂されている付加価値の付いた商品だ。先日の取り引き相手が大金を積んでまで欲しがっていたのだから、これは期待できると伝令を飛ばしたところ、すぐさま返令が返ってきたのだ。


「はははははっ、やった、やったぞ! 」


 これで運び屋などという下っ端な仕事から脱却できる。ギリアムは、急に開けた未来を確信し、湧き上がる笑いが止まりそうになかった。

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