閑話 フロールシア王国警務隊24刻

 ◎ 朝七刻とき

 目撃者:警務隊中央支所勤務カルさん(仮名)


 いやー、まさか朝から殿下とそのアルマ様に会えるなんて思いませんでしたよ。えっ? 何で朝早くからそんなところにいたのかって? 祭りの最終日でしたからね、特別警戒ですよ。今年はついてないなーなんて思ってましたけど、噂のお二方を間近で拝見できたんですからまあいいかな、なんてね。仲良さげに腕を組んじゃってさぁ、とても幸せそうでしたよ。アルマ様のお顔は残念ながら見ることができませんでしたが、小柄な方でしたね。


 ◎ 朝九刻半

 目撃者:警務隊中央支所勤務ヤンさん(仮名)


 何やらお忙しそうに走り回っている殿下ならお見かけしましたよ? あれは確かテエール地方領主とご一緒だった時じゃなかったでしょうか。着飾った娘さんたちにまとわり付かれ……いえ何でもありません。とにかく忙しそうでした。逃げるのに。


 ◎ 朝十一刻

 目撃者:警務隊北支所勤務ミーさん(仮名)


 牛追いの衣装に着替えられた殿下が竜騎士団本部から出て行かれるのを見たぜ。馬で宮殿の裏庭を突っ走って行ってたから、何かあったんじゃないの?


 ◎ 昼十二刻過ぎ

 目撃者:警務隊北支所勤務ノノンさん(仮名)とクルルさん(仮名)


 見た、見たぜ俺! パンを咥えて馬で駆ける殿下!! なんでか牛追いの衣装だったけど、相当慌ててたよな、あれ。


 そうね、約束の時間に間に合わないって感じな雰囲気だったわ。多分あれじゃないかしら、噂のアルマ様とお忍びシータ? えっ、やっぱりそうだったの?! 殿下もやるー!! あーあ、私も仕事じゃなかったらシータしてたのに。


 あ、お前、相手いんの? 嘘だろ。


 何よ、あんただって同じじゃないの!


 ◎ 昼一刻

 目撃者:警務隊本部勤務はんちょさん(仮名)


 ええ、伯父……殿下とそのアルマ様は確かにルスの鐘楼塔にいらっしゃいましたよ。アルマ様は長いベールを身につけられていましたね。アルマ様を見たことがあるのかって? 正式にはまだですが、昨日の雨乞いの舞に参加されてましたからお姿は拝見いたしました。何やら仲睦まじい様子で、不躾に眺める訳にも参りませんでしたから会話の内容はわかりませんが……は? 私も誰かと一緒にいたと目撃情報が? うーん、どこから漏れたんでしょうね。君、その目撃者とやらを知っていたら教えてくれないかい?


 ◎ 昼二刻過ぎ

 目撃者:警務隊南支所勤務オヤジさん(仮名)


 あの日は運良く休みでね、家族を連れて大鐘楼を見に行ってたんだ。そしたら開いてるはずのオスクリダーの鐘楼塔が封鎖されてるじゃない。おかしいなとは思ってたんだよね、だってオスクリダーの鐘楼塔って人気ないから。子供たちが中に入りたいってせがむからしばらく待ってたんだけど、中から人が出て来た時は流石にびっくりしたね。だって殿下だよ? 変装してたからお忍びだってピンときてあまり見ていないんだ。誰かを連れていたみたいだけど、彼女が例のアルマ様だったのかな……。顔は見てないよ、というか殿下が隠してたから見えなかったという方が正しいかもね。


 ◎ 昼三刻半

 目撃者:警務隊東支所勤務チュロスさん(仮名)


 見ましたわっ!! やっぱりハナ……じゃなくてアルマ様って可愛らしい方ですね。殿下も牛追いの衣装が素敵で。あら、私ごときが何故アルマ様をご存知なのか、ですって? 私もアルマ持ちですもの、そこらへんの情報は仕入れていますわ。それにしてもアルマが揃うと魔力がキラキラして輝いて見えますのよ。あら、常人にはわからない感覚なの? それは失礼しました。アルマ持ちが揃って魂の安寧を得ると魔力が安定するんですよ。 ええっ、何ですって? 私のアルマ? ちょっと、そこに触れないでくれる? なぁに?……私の耳たぶが虹色になってるって……何で早く言ってくれないのよっ! あの人がまだこの国にいるなんてっ! どこっ、どこにいるのー!!


 ◎ 夕方四刻過ぎ

 目撃者:警務隊西地区隊長ルイルイさん(仮名)


 よし、特別だ。盛大にバラしてやる。まず、二人は馬車に乗っていた。宮殿のではなく普通の街馬車だったが何でだろうな。殿下は私に気がついた、が、無視をされた……何でだろうな? 大体、隠すから知りたくなるのだ。どーんと構えて公表すればいいじゃないかっ!! 私の時は無理やりお披露目しなければならなかったというのに、自分だけズルいではないかっ!! さっさと我々に公表しろっ、連れてこーいっ!! はあはあ、あ? 何だったっけ? あー、彼女ね、馬車で隣同士座っていたぞ。寄り添って、腕を組んで、肩を抱き寄せてな。あれは相当惚れ込んでるな、どちらとも……まあ、殿下は幸せになって当然のお方だから、二人の邪魔をする者はこの私が斬って捨てるということだ。おい貴様、わかったな?


 ◎ 夜七刻半

 目撃者:警務隊東支所勤務ベルりんさん(仮名)


 私がお見かけしたのは確か竜騎士団本部の近くですよ。あそこは穴場でしてね、かく言う私も久しぶりに妻と水入らずで花火見物をしていたのでそれどころではありませんでしたが。確かに殿下とアルマ様でしたね。何でアルマ様だとわかるのかって? 王都では珍しい顔立ちですし、何より殿下が常に寄り添われておられましたから。衣装? いえ、普通の市井の民のような格好でしたよ。目立ちにくい格好でしたから私が警務隊士でなかったら見過ごしていたでしょうね。露店で買われたお菓子を仲良くわけられてまして……ふふふ、初々しくていいですね。


 ◎ 夜八刻過ぎ

 目撃者:警務隊東支所勤務兄バカさん(仮名)と彼女コワイさん(仮名)


 僕たちは隊長命令でこっそり警護していただけですから、特に何も言うことはありませんね。……あえて言うなら羨ましい、でしょうか。


 俺もあんな可愛い雰囲気の彼女だったら……まあ、彼女も勤務だったんですけどね? 付き合ってから始めての花火だったのに、酷いっ!


 ああ、すみません。こいつのことは気にしないでください。とにかくこれ以上は話せませんから、お引き取りください。


 ◎ 夜八刻過ぎ

 目撃者:警務隊西支所勤務ララさん(仮名)


 私っ、殿下に憧れてたんですよねー。アルマ持ちだって知ってましたけど、それはそれでしょ? アルマ様が現れたって聞いた時は目の前真っ暗になりましたけど、あんなの見せつけられちゃったら勝ち目ないってわかりますよ、嫌でもね。私たちって花火より見物客を見なきゃならないから、偶然殿下とアルマ様を見つけたのよ。そしたら手なんか繋いじゃっててさ、挙句の果てにはほ、頬に、頬にーっ!! あーもうっ、私もさっさと恋人見つけよ!!


 ◎ 夜八刻後半

 目撃者:警務隊北地区隊長と中央地区隊長


 うむ、お似合いの二人であった。あそこでむちゅーっと口付けをせんところがあれらしいがな。


 そうだな。私なら押し倒し……な、なんでもない。私たちもこれでやっと安心できるな、エスカランテ殿。


 そうだなアレンシオ殿……考えてみればあれから三十年になるのだな。


 随分と長かったな。しかし、まさかあんなに若く小柄な女人とは。あやつのアルマでなければ私の息子にでもと思っていたところだぞ?


 そう言えばアレンシオ殿のご子息もまだ独り身だったの。


 理想とやらが高すぎるのだ……まったく、誰に似たのやら。


 あ、これは非公式の非公開だからの!! 口外するでないぞ?


 もしこのことが何処かから漏れ出た場合、それなりの処分があることは理解しているな?


 ◎ 夜九刻過ぎ以降

 目撃者:警務隊士多数


 最後の花火があがった時、確かにしていました。まあ、あれですよ、くっ、口付け……。あーっ、やっぱりなし、今の話はなかったことにしておいてくださいっ!! 僕は知りませんよ、何にも見てませんからっ!!


 俺のいた場所からは見え辛かったんだけどよ、ありゃあ確かにアルマの光だったと思うぜ? 花火の魔法術の光かとも思ったけどよ、あんなに見事な虹色なんてそうそう見れるもんじゃねぇしな。それからは知らん。帰る見物客にまぎれちまったし、俺は警備に徹してたからな。


 人混みにつまずきそうになっていたアルマ様を抱きかかえられておりました。私はそれ以外見ていません。何を言われようとも、何も見ていません。


 夜十刻以降、目撃者なし。


 ◎ 翌朝七刻半過ぎ

 目撃者:警務隊中央支所勤務振られ野郎さん(仮名)


 巡回中に殿下らしき人が小柄な女性を連れて散歩なされていました。……朝から見せつけなくたっていいじゃないですか。どうせ僕は振られましたよ、昨日から一睡もしていませんよ。それから二人はどうしてたって? 宮殿の方向に歩いておられましたからね、戻られたのではないですかー。あーくそっ、眠てぇ!!




「へ、へっ、へっくしょーい!! ぶえっくしょいっ!! ……あっ」

「隊長、夏なのに風邪で……あっ」


 魔法術の炎が高らかとあがり、盛大なくしゃみをしたミロスレイの手の中にあった先ほど拾ったメモ帳が見事に燃え尽きる。


「何やってるんですか、隊長! あーあ、これじゃあ復元できないじゃないですか」

「悪いっ、つい魔力が別の方向に暴発しちまったみたいだ。まあ、ほとんど白紙のメモ帳みたいだったしよ、仕方がないよな」

「仕方がないよな、じゃないですよ」


 異界の客人まろうどであるミロスレイには元々魔力と呼べる力が備わっていたが、この世界とは適合せず度々暴発することがあった。最近は安定しているのか暴発させることが減っていたのだが、セリオはそれと勘違いしているみたいである。

 しかし実際はそうではなく、わざとだ。この拾ったメモ帳に書いてあった情報は多分何処かの醜聞誌の記者が集めたものなのだろうと判断したミロスレイは、躊躇なくわざと燃やして証拠隠滅を図ったわけであるが……警務隊士、しかも地区隊長としてあまり褒められた行為ではない。

 まあしかし、ミロスレイと腐れ縁ではあるといえ剣術の弟子であり戦友でもあるリカルドに関する公表されていない事実を、面白おかしく書きたてた、いわゆるゴシップ誌に余計な情報を流したくはない。

 目撃者の名前は仮名となっていたが、一部知り過ぎるほどに知っている者たちが他人の色恋話の取材に応じていること事態、ミロスレイには信じられなかった。

 この国の者はまだそういったことに疎い傾向にある。国の機密事項など有事に関わる情報については取り扱いに問題はないが、巷の噂話のような王族や貴族、著名人の私的プライベートな話やゴシップ話には寛容な一面があるのだ。

 まだまだ個人情報云々の法整備がなされていないこの国、いやこの世界では有名人たちは結構大変なのであった。


「落とし主が探してなければいいんですが」

「大丈夫だろ、踏みつけられてボロボロだったしよ。よしっ、この件は忘れろ、いいな? 」

「忘れろって隊長、またですか? 」

「些細なことを気にしていたら禿げるぜ」

「……貴方の部下をしていたらいつか罰が当たりそうで怖いですよ」


 セリオとそんな会話をしながら街を歩くミロスレイは、とりあえずあのメモ帳にあった隊長クラスの者たちを問いただそうと考える。


 それからしばらくしてから落とし主らしき記者が警務隊詰所に駆け込んできたらしいのだが、あの時失われたメモ帳の内容が書かれた醜聞誌は発行されることはなかったということだ。

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