第41話 王都でお忍びデート ④

 密着した状態で腕を組んで再び歩き出した二人は、皆への『お土産』を買いにお菓子屋に向かう。その道中には様々な店があり、少し歩いては立ち止まって店を覗き、立ち止まってはまた歩きと物珍しい商品の説明を受けながら大通りを南下して行く。


「ハナ、あれなどどうです? ハナが好きそうな控え目な装飾品ですぞ?」


 リカルドが指差した先にはいかにも高級そうな宝石店があり、確かにデザイン的に控え目なピアスやペンダントが飾られていた。


「私はあっちの店の方が好きです。本当ですって、雑貨屋さんってわくわくするんですよ? 何に使うかわからないような小物とかつい集めてしまうんです」


 一方華子が興味をそそられたのは不思議な物が所狭しと並べられている雑貨屋だ。


「そういえば私の姉たちや妹もそういう小物を好んでおりましたな。ならばと私が買ってきたものに『まったくわかっていない』と文句を言っておりましたが……」

「私はリコ様が選んでくれたものなら喜んで大事にします、たとえどんなものでも、多分」


 まるでからかっているような華子に、ハナは意地悪ですなとブツブツと呟いたリカルドは、華子が興味を持った雑貨屋に足を向けた。


「では私が選んで差し上げましょう」

「わあ、楽しみです! 」


 昔取った杵柄がまだ古びれていないことを華子に見せなければ、とリカルドは意気揚々と雑貨屋の扉をくぐっていく。

 店の中には魔法術を使った小物がたくさんあった。怪しげな物も多々あるが、そのほとんどが華子の趣味に合ったような用途不明な小物ばかりだ。奥の方には装飾品が並べられたガラスケースも見えたが、それよりもキラキラ光を放つ魔法術具のようなものに目がいってしまう。

 ガラスの細い管の中を小さな光の粒が飛び回っているものや、魔力に反応して動くバネのようなおもちゃ、そして可愛らしくもどこか不気味な人形。そんな人形の中にはマグダレナが持っていた小さなドラゴンのぬいぐるみのような、愛嬌のある不思議動物たちがちらほらと見える。


「ぬいぐるみですか? 」

「マグダレナさんが腰から提げている伝言用のぬいぐるみのような物が欲しいんです。だって私の魔力では綿毛で精一杯なんですもの。リコ様と連絡を取りたくてもあれじゃ風で飛ばされてしまいそうです」

「そんな物でよろしいのですか? 確かにあれは便利そうなのですぐにでも用意しようと考えておりましたが、そういった物ではなく……まあ、いいでしょう。魔法術は私が施しますので、使い勝手のいいものを選んでくだされ」

「使い勝手がいいって、リコ様『まったくわかっていない』ですね」

「なっ、先ほどはどんなものでもよろしいと言っていたではないですか」

「そうですけど、ぬいぐるみは使い勝手とかではなくて、可愛さが重視されるんです」


 リカルドが手に取ったぬいぐるみはお世辞にも可愛いとは言えない、寸胴な蛇に羽が生えたような形をしていた。この世界の生き物は、どれも神話の世界から出てきたような見目形みめかたちをしているので一体何の生物なのか見当もつかない。

 牛は眼が三つあるし、馬は四本脚の鳥だ。

 警務隊のシンボルは角の生えた六本脚とくれば、リカルドの選んだぬいぐるみは華子の世界で言うどこかの民族の神様のようなものだろうか。まん丸の大きな眼がくっついたそれは、差し詰めキモ可愛いというものの部類だ。


「これは翼蛇と言って秋の月を司っているのです。なかなか素早い奴でして、ドラゴンに匹敵するくらいの速度で空を飛ぶのですよ」

「この子に罪はないですけど、せっかくリコ様の伝言を運んできてくれるんですからもっと可愛いのがいいです」


 華子がそう言うと、リカルドはそれもそうですな、と思案顔になり、再びぬいぐるみの山を探し出した。ぬいぐるみを掴みあれでもないこれでもないと選んでいるリカルドを見ると顔がほころんでくる。こうやって華子のことを思ってくれているのなら、あの羽の生えた蛇でもいいかなと思えてくるから不思議だ。


「ハナ、これはどうですか? 手頃な大きさですし子供にも人気がある妖精猫ですぞ」

「わあっ、可愛い猫!これにも羽が生えているんですね」


 リカルドから手のひら大のデフォルメされた白い色の妖精猫のぬいぐるみを受け取った華子は、縫い目を確認して綻びがないかチェックする。白い猫は『妖精』と言う名に相応しく、背中から蜻蛉のような透けた羽が四枚生えており、その羽は魔法術の影響なのかキラキラとした淡い光を放っていた。


「妖精猫は年末の月を司るいたずら好きの猫なのです。尻尾の先に光を灯して夜の街を闊歩するのですよ」

「リコ様、この子がいいです! 」


 華子の嬉しそうな顔にひとまずホッとしたリカルドは、もう一つ色違いの妖精猫を手に取る。


「では私はこれを」

「リコ様は魔法術の伝言が使えますよね? 」


 リカルドの手にある黒い妖精猫も可愛いが、魔法術が使えるリカルドには必要があるのだろうか。


「おそろい、でございます。そちらの白色のものがハナのもので、こちらの黒いものが私のものということでよろしいですか? 」

「は、はいっ! その方がいいです! 」


 おそろい、という言葉に華子は嬉しくなった。たかがぬいぐるみであるが、恋人が同じものを持っているのは女として嬉しいものだ。昔はペアルックなるものが流行ったが、さすがにそれは恥ずかしいし、文化が違う。しかし日本でも携帯ストラップをおそろいにしたり、腕時計をおそろいにしたりと何かと同じものを持つ慣習のようなものがある。


「むっ、この妖精猫は尻尾が短いですな」


 リカルドが黒い妖精猫の短い尻尾をいじっている姿を見た華子は「その方が愛嬌があっていいと思います」と笑いを堪えながら意見したのであった。



「リコ様ありがとうございます! 」

 支払いを済ませ、小さなリボンが施された包み紙に入れられた妖精猫のぬいぐるみを受け取った華子は、ほくほくと顔をほころばせて満足そうにしている。どうやら華子は高級なものよりも素朴なものを好む傾向にあるようだ。こんなぬいぐるみ一つで華子の笑顔が見られるならば安いものである。


「帰ったらきちんとした手順を踏んで伝言の魔法術式を刻み込みましょう。これからこの妖精猫が私とハナを繋ぐものになるのですからな」

「大切にしたいので何かこう、素材を強化できるような魔法術はないんですか? 」

「そうですなぁ。防具にかける守護の魔法術でもかけてみますかな」

「で、でも感触は柔らかいままがいいです」

「御意に」


 ぬいぐるみにこだわりをみせる華子に、クスッと小さく笑ったリカルドは、うやうやしく返事をする。

 若かりし頃に浮き名を流していた際、リカルドの周りに集まってくる女性たちは、身分が高い故に洗練され贅沢を好む者も多かった。いつしかそれに嫌気がさして華やかな世界から離脱してしまったが、それからあのような女性と関わり合いを持ったことはない。


 華子は可愛い。


 清楚で可憐な華子といると心が癒される気分だ。そんな華子を甘やかしてあげたいのは山々だが、彼女は自立した立派な大人であり愛玩人形ではない。もう少し店内を見たいと言った華子に、心ゆくまでどうぞと返事を返したリカルドもまた、雑貨屋とは意外にも面白いものだと目についた商品を手に取ってみるのだった。



「リカルド様っ! これは、これってまさか」


 店の一画、装飾品のケースを覗き込んだ華子は、自分の目を疑いたくなるようなものを発見した所為でいつものようにリカルドの名前を呼んでしまった。しかし頭の中はそれどころではない。


「ああこれがセレソの花でございます。どうです? 綺麗でございましょう」

「セレソ? セレソの大樹はこの花を咲かせるのですか?! 」

「ええ、五枚の花弁が特徴的でしょう。咲きはじめてから二週間くらいで散ってしまう儚い花ですが、大樹を覆うセレソの花は見事なものです」


 華子はすがりつくようにまじまじと見た。ピンク色に輝く石で作られた精巧なセレソの花の置き物は、どこからどう見ても桜の花のように見える。この世界と華子の世界は似通ったところもあるのであってもおかしくはなかったのだが、セレソの大樹が華子にとって身近なものだったとは思わなかった。


「私の世界では『桜』と言うんです」

「サクラ? 何と、ハナの世界にもセレソの木があるのですか」

「あんなに大きな木ではありませんが、私の国を代表するものなんです。こんなところで見られるなんて……セレソ色って『桜色』のことだったんですね」

「お客様、いかがでしょう。 手に取ってみませんか」


 あまりにまじまじとガラスケースを覗き込んでいたからなのか、店主が声をかけてきた。


「いいえっ、セレソの花を初めて見たもので感動していただけなんです」


 華子はケースから離れたが、目はまだ置き物に釘付けだ。


「本物はもっと感動しますよ。あいにく写真は置いていませんが、こっちの絵画の方が全体をよく捉えていますよ。どうですか? これは掘り出しものですよ? 」


 そう言って店主が出してきた絵画は、セレソの大樹を緻密に再現しており、まさに桜であった。


「リコ様……私の国でも桜は春に咲くのです」

「そ、そうでございましたか」

「この絵、凄く良いですね。どなたか有名な方が? 」


 華子が店主に尋ねると、店主は気負い込んで絵画の謂れを説明し始める。


「これを手に入れたのは偶然でしてね。今から十三年ほど前、まだ戦争の影響が色濃く残っていたときに、オルトナ側の闇市で見つけたんですよ –––– 」


 店主曰く、国境にほど近いフロールシア側の簡易の砦の中に放置されていたもので、『冥界の使者』と呼ばれていた戦士の持ち物だというのだ。戦場の悲哀をこの絵画を見て慰めていたという眉唾物の謂れだが、確かに華子の琴線に触れるものがあった。『冥界の使者』などという物騒な渾名を付けられた人は、ひっそりと故郷を想い偲び、孤独に戦っていたのかもしれない。


「しかも、冥界の使者本人が描いたのでは、とも言われておりまして。それは真偽の程は定かではありませんが、砦から運び出されたものには間違いありません」

「とても、繊細な絵ですね……私は好きです。桜……セレソの儚さがよくわかります。けど、残念ながら飾る場所がありませんから」

「そうですか」


 心惹かれるが、きっと目が飛び出る程値が張るに違いない。しばらく絵画を見つめていた華子は、顔をあげてリカルドを見るとにこりと笑い「嬉しいな」と呟いた。


「嬉しい、ですか? 」

「はい、フロールシア王国と私の国が繋がっているのかもしれないと思うと、何だかわくわくしちゃって。もしかしたら私の国の桜は、この国から届けられたのかも知れませんね」

「それは……浪漫がありますなぁ」


 華子の顔にはもう以前のような悲愴感はない。二度と帰れなくても、こうして色んなものが繋がっているのだ、と思うと前向きになれるようになった。まだ少しだけ日本を感じていたくて、華子は店主にお願いする。


「すみません、もう少し見ていてもいいですか? 」

「どうぞ、可愛らしいチーカ。恋人のお願いを聞いてやれない男はフロールシアンの風上にもおけませんからね、色男の旦那? 」

「うぉっほん! その通りでございますよ。刻はまだまだありますから、気にすることなどないのです」


 店主から冷やかされた華子とリカルドはむず痒い気分になる。


 恋人、に見えてるんだ、リカルド様と私はちゃんと恋人に見えているのね。


 よかった、と胸を撫で下ろした華子の隣りで、リカルドもまた思う。


 親子、とは思われていないようでよかった……が、市街地は鬼門だな。


 リカルドの過去がどんなところから飛び出てくるかわかったものではない。昔のことだとはいえ、まだ覚えている者もいるはずだ。市街地にも自分のアルマが現れたことくらい噂話で伝わっているので、面白がって『セレソ・デル・ソルの恋人』の話を蒸し返してくる者もいるかもしれない。


 それにしても、まさか、こんなところで見つけるとは。


『冥界の使者』もリカルドの渾名で、この絵画はリカルドが描いたものに間違いない。血と死の香りに塗れた戦場で、精神を落ち着かせるために描いたセレソの大樹の絵は、厄災デサストレ来襲の混乱の際に失われたはずだった。いっそのこと白状してしまおうか、と考えたリカルドは、ある意味正しいと言える。恋人の過去を他人の口から聞かされることほど、嫌なものはないのだから。


 複雑な心境のリカルドの葛藤などいざ知らず、華子はセレソの大樹の絵画を心ゆくまで楽しんだのであった。




 ◇◇◇◇◇◇◇◇




 雑貨屋を満喫した二人が当初の目的地に着いたのは、それから一刻をゆうに越したころだった。

『マドレ・リタの店』と看板が掲げられた店は、まるでお伽話のお菓子の家のような可愛い装飾が施され、中から甘い匂いがこぼれている。その匂いに誘われた人たちが、店内でお目当てのお菓子を選んでおり、隣接するカフェテラスでは買ったばかりの美味しそうなお菓子を食べている。


「リコ様はここで待っててもいいんですよ? あの人たちみたいに」


 店内にいるきゃいきゃいと嬉しそうな女性陣とは打って変わり、店外のベンチには所在無げに座る男性陣の姿がある。あの男性陣のように、きのこを模したファンシーな色使いのベンチに座るリカルドも見てみたい。


「いいえ、ご一緒いたします。異色でしょうが甘いもの好きの男もいるのでございますよ」


 確かにリカルドはデザート等の甘いものも残さず食べるが、華子にはそれが特段好物とは思えない。


「あの男には世話になりましたから、マグダレナに持たせることに致しましょう」

「あの男? 」

「警務隊の東地区隊長は極め付けの甘党なのでございますよ。彼とは古い知り合いでしてね。その容姿からは想像がつかないと思いますが、私がお酒を嗜む横で砂糖水のようなカフェと蜂蜜をかけた甘い焼き菓子を食べるような輩なんです」


 あのミロスレイがそんなに甘党だったとは、人は見かけによらないものである。


「そう言うことなら、すっごく甘いお菓子を選んであげましょうね。ミロスレイさんにはいっぱいお世話になりましたから」

「クリームがふんだんに使われたお菓子があればいいのですが。ここで考えていても仕方がありませんから、中にはいりましょうか」

「うーん、いい匂い! 目移りしちゃったらどうしよう」

「一つずつ買ってみてはいかがですか? 」

「またそんな贅沢。ちゃんと吟味します」


 仲良く店内に入っていった二人を、外のベンチに座って待っていた男たちが羨ましそうに見ており、何かに吹っ切れたように一人、また一人と店で買い物をする彼女の元に向かう姿が見られたとか何とか。


 とりあえず、今日もフロールシア王国は平和らしい。

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