第25話 重鎮たちによる質疑 ②
「嫌な思いをさせてしまい申し訳ない」
ナイスミドルの宰相補佐が、フェランディエーレの代わりに頭を下げて華子に謝罪する。
「頭をお上げください!! 宰相様にして見れば私などは得体の知れない異分子でしかないのです。国を憂うことは当たり前です」
フェランディエーレの態度からはそんなことなど微塵も感じ取れはしないが、もしかしたら根底では本当に王国のことを考えているのかもしれない。宰相補佐はフェランディエーレ本人ではないのだし、そもそも謝罪などはいらなかった。
「そう言っていただけるとありがたい。殿下のアルマは中々に頭のきれるお方のようだ。あの宰相をやり込めることができるとはハナコ殿は学士であられるのか? 」
「いいえ、やり込めるなんてそんな……。それに私はただの市井の者です。ただ、色々と修羅場をくぐってきていますので、多少のことには動じないだけです」
本当は、膝がガクガクするくらい緊張していた華子だが、ちょっとだけ虚勢を張ってみる。三十路になって上達したことが取り繕うことだとは、何とも情けない。
「それにしても、市井の者という割にはハナコ殿には豊富な知識と適応能力が備わっていますな。学歴も……ほう、幼い頃より十四年間も学んできたとありますが、『ちきゅう』とはそんなに文明の進んだ世界なのですか? 」
文教庁大臣が資料を確認しながら質疑を再開する。
「地球のすべての国がそうというわけではありません。私の国『ニホン』は恵まれていて、国民は六歳になると九年間の教育を受ける義務があるのです。その先は任意に学べますが、義務教育のお陰で識字率は九十九パーセント……ほぼすべての国民が文字を読み書きできるのです」
「なんと素晴らしい! 国の人口が一億三千万人もいて、そこまで教育が行き届いているとは、機会があれば私も行ってみたいものですな」
「私も科学技術なるものを学んでみたいものです。どこか、偉大なる賢者ナートラヤルガ様の研究に通ずるものを感じられます」
文教庁大臣とまだ年若い貴族の青年は、華子の世界に大層興味があるようだ。特に貴族の青年は目を輝かせながら、熱心に資料を読んでいる。
「私は科学技術を学んではないので詳しくお教えできません。それに科学技術であればハリソン・ブルックスさんの国の方が断然発達していると思います」
華子はさり気なくハリソン・ブルックスの話題に話を戻してみた。うまくいけば会えるかもしれない、という期待をまだ捨てたわけではない。警務隊総司令を見ると、先ほどとは打って変わりきちんと話を聞いているようだ。
「ハナコ殿よ。そのブルックスの事だが、この世界に来てもう六年は経つというのに未だあまり自身のことを話してはくれないのだ……」
華子の視線を受けた警務隊総司令が眉間に深い皺を寄せて難しい顔をする。
「あれが頑ななのは、元の世界に未練があるからなのだろう。もしよければ、同郷のよしみでブルックスと会ってはくれまいか。あの男はこのまま埋もれていくには惜しい人材だ。何かきっかけがあればよいと常々思ってはいたが、これも神の思し召しかもしれん」
「わ、私からもお願いします! 彼を治療した医術師の一人として、最後まで治療したいのです……ハナコ様にならきっと彼も心を開いてくれますわ」
これはもしかしてチャンス?
何故か書記官の女性も畳み掛けるように懇願してきたので、話がしやすくなった。華子にしてみれば願ったり叶ったりの好機であったので、すぐにでも承諾したいのだが、勝手に返答してもいいのかわからないのでリカルドに指示を仰ぐ。期待に声が弾んだが、それは許して欲しいところだ。
「リカルド様、どう思いますか? 」
「ハナコも彼の者に会ってみたいのでありましょう? 同じ世界から来た
リカルドは物分りの良い返事を返したが、本当のことを言えば反対したかった。
なんと情けない。
六十歳にもなるというのにこの体たらく。
余裕があるとは見せかけばかりで、その内側はただの独占欲の塊だ。
同じくアルマを持つ近衛騎士団長のサルディバルは、こんな時どうやって凌いでいたのか、リカルドは今すぐにでも聞きたい心境だった。
サルディバルの場合もリカルドに負けず劣らずの難しい状況で、彼のアルマはあのオルトナ共和国の騎士であった。まだオルトナ共和国と開戦する前、サルディバルが十六、七の頃にフロールシア王国へ留学してきた貴族の一人が、たまたま彼のアルマであることが判明したのだ。それから直ぐに戦争になり、二人は離れ離れになってしまった。さらに悪いことにサルディバルは騎士として前線に送り出され、彼女もオルトナ共和国が誇る重騎士として参戦していたらしい。戦場で錯乱したサルディバルを取り押さえたのはリカルドだったが、アルマが関わるとこうなるのかと他人事ではない状況に冷や汗が出たものだ。
停戦協定から十四年、国交が正常化してから数えると八年を経てサルディバルはめでたく彼のアルマと結ばれた。サルディバル三十九歳、相手は三十七歳になってしまっていたが、お互いの熱い想いが実を結んだ結果、幸せな結婚生活を満喫している真っ最中だ。
敵国のアルマと添い遂げることができるのだから、リカルドも華子とそういう関係になっても何らおかしな事ではない。だが、三十歳の年齢差が縮まるわけではないし、リカルドが王族であることは変えられない。
さっき華子が皆の前ではっきりと『リカルドのコンパネーロ・デル・アルマ』だと宣言した時は、天にも昇る心地であった。これまでは否定しないものの、肯定もせずという曖昧なものであったというのに。
ここへ来てリカルドと華子の関係は変わりつつある。リカルド的には良い方向に、少しギクシャクしていたものの華子の信頼を一身に受け、立ち位置を盤石なものにしてきた。華子を前にすると精神が少年に逆戻りしてしまうという、わけのわからない状況に陥りながらも、二人の間は確実に親しいものへとなっていた。そんな折に、ハリソン・ブルックスという新たな不安材料を抱えることになり、リカルドは気が気ではない。
リカルドの思考が深くなっていくうちに話は進み、いつの間にか、相手の了解があれば会って話をしてみることで合意したらしい。かたじけない、と華子に首を垂れる警務隊総司令の姿が、リカルドの目に入ってくる。
こうなっては仕方がない……腹を括るか。
同郷の者に会えることを純粋に喜ぶ華子を尻目にリカルドの悩みは増えていく一方だった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「有意義な時間であったと思うぞ。これからも何かと苦労があるかと思うが、困った時は私も力になる、遠慮せずに申し出てくれ」
退出する際にナイスミドルの宰相補佐が、華子に声をかけて一礼をする。
「はいっ、ありがとうございます」
華子がお辞儀を返すと、他の大臣や貴族たちも次々と好意的な言葉をかけてくれた。
悪い人ばかりじゃなくてよかった。
特に警務隊総司令は華子と固い握手を交わし、近日中には知らせると約束までしてくれた。第一印象は堅物でとっつきにくい人だと思っていたが、色々誤解していたようだ。
全員が退出し、会議室には華子とリカルドの二人だけになる。
「お疲れでございましたな」
「うーん……あ、はしたなくてごめんなさいリカルド様」
リカルドの労いの言葉に華子はぐっと背伸びをする。
パキポキと関節が鳴る音がして、緊張で身体が硬くなっていたようだ。
「リカルド様もお疲れではありませんか? 私が何かしでかすのではないかと、肝を冷やされたでしょう」
リカルドにエスコートされて会議室の扉を抜けながら華子はいたずらっぽく笑う。
「いいえ、そのようなことはありませんよ……まあ本音を言えば、宰相と渡り合えるハナコが恐ろしくありましたが」
「もうっ、リカルド様!! 」
「おっと、危ない」
華子がリカルドの腕を軽く叩くと、リカルドが大袈裟によろめいてみせる。はたから見ればじゃれ合っている、とも見えなくはないやり取りを繰り広げる二人の背後にスッと人影が差した。
「あの、ハナコ様」
おずおずとした声に名前を呼ばれた華子が振り返ると、書記官の女性が思い詰めたような表情で立っていた。
「……お時間、少しよろしいでしょうか」
「はい、どうぞ」
華子も質疑中から彼女の挙動が気になっていたのでらこれ幸いと二つ返事を返す。すると彼女はホッとしたような表情を見せ、何やらモジモジとしながらリカルドをちらちら見る。リカルドが一緒ではまずいことでもあるのだろうからと華子が彼女をよく見れば、頬をほんのり赤く染めていた。これは恋愛絡みの話ということであろうか。しかもその対象はリカルドのようにも取れる。
「立ち話もどうかと思いますので、先ほどの会議室を少しお借りしませんか? 」
「えっ、そこまでは……直ぐ終わります。それで、殿下には……あの、少し席を外していただけたら……」
ありがたいのですが、と口の中でボソボソ呟き困惑顔のリカルドと目が合うと慌てて俯いた。その様子に何故かイライラした華子は少し眉を寄せてその挙動を見る。
リカルド様は私のアルマなのに……。
華子は急に心がざわつくのをはっきりと感じ、この話はなかった事にしようかしら、と本気で考えている自分にどきりとする。ついこの間、竜騎士団本部で垣間見せてしまった嫉妬心がここでもムクムクと湧き出してしまった。
「……そういうことです、リカルド様。私たちは会議室に入りますので、リカルド様はここで待っていていただけませんか? 」
「構いませんが、一体何のお話ですか? 」
「女性同士の話ですから、内緒ですよ」
リカルドは頭の上に疑問符が浮かんでいそうな表情であるが、内心を知られたくない華子は平静を装ってリカルドを促す。何も彼女がリカルドのことを慕っているとは限らないし、もしそうだとしても華子にはどうしようもない。彼女の言葉からは今のところ悪意も感じられないので、さっさと話を終わらせよう。
「殿下、申し訳ありません」
「それでは、少し失礼しますね」
華子自身も持て余す負の感情を押し込めながら、書記官と一緒に会議室へ逆戻りしていった。
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