第24話 重鎮たちによる質疑 ①

 リカルドを除く総勢十六名が華子に注目する中、順番に簡単な自己紹介が始まった。


 宰相から始まり宰相補佐二名、外交庁大臣、魔法術庁大臣、文教庁大臣、学士連局長、近衛騎士団長、医術師長、警務隊総司令、貴族諸侯……役職から肩書き、名前まで一気に覚えるのは難しく、とりあえず役職のみ頭に叩き込むことにする。事前に学んでいたが、本人と一致させるのは至難の技だ。


「ではこの場は学士連局長であるブエノが進行させていただくとしよう」


 学士連局長のブエノは、華子がここ一月の間お世話になってきた仙人のような容貌の学者である。顔見知りがいることに安堵した華子は、一先ず動向を見守ることにした。


「異界の客人まろうどハナコ殿に関する基本事項は、皆様方に配布してある資料の通りじゃ。まずは目を通してから質疑に移るとしようかの」


 円卓の各々の席には十数枚程度の資料が置いてあり、それはリカルドの席にもあった。当然のことながら華子にはその資料はないが、自分のことが書いてあるので気にならないといえば嘘になる。私にも見せてくださいとは言い出せない雰囲気なので、華子は皆が読み終えるのをじっと待った。


 しんとした部屋に頁をめくる音だけが響く。

 ただ待っているだけではもったいないので、華子は気づかれないよう順番に顔を見ていくことにした。年齢層も様々であるが、大体において高年齢の者が目立つ。

 その中ではかなり若い部類に入る近衛騎士団長は、ある頁を見て薄く笑っていた。仮にも近衛騎士団長であり高位の立場であるというのに、何故かその印象は軽薄そうに見える。

 それに気になるのは、書記官との紹介を受けた唯一の女性だ。医術師であるらしく、アレッサンドロ医術師長と同じような服を着ているが、この女性は華子に興味があるらしく何度も目が合った。

 しかしすぐに視線を逸らしてしまうので、なんとな居心地が悪い。

 しばらくすると一人二人と資料を読み終えた者が顔をあげてきたので、華子も居住まいを正し、ただひたすらまっすぐ前を向いて呼吸を整えた。


「どうですかな。何かハナコ殿に直接聞きたいことがありましたかな?」


 ブエノが円卓をぐるりと見回すと、華子の右側に座っていた仰々しいローブの男がすっと手を上げた。


「おお、魔法術庁大臣。どうぞ、この場は会議ではありませんので手を収められてくだされ」

「では失礼して……ハナコ殿、国王陛下の言われる『魔力』とは何であろうか。これには微々たるものと記述してあり、確かに私もその測定結果は見ているのだが」


 魔法術庁大臣が首を捻る。そこは魔法術庁のトップであり、気になることも魔法術に関することのようである。


「うむ、私も見た感じでは特別な魔力とは思えませんな。ハナコ殿よ、それに関しては何か知り得ることがお有りかな?」


 コルテス高大位と名乗った口髭を生やした貴族階級の男も口を添える。質問を受けた華子が進行役のブエノを見ると、ブエノはどうぞと頷いた。


「先ほど国王陛下に申し上げた通り、私は自分の魔力の存在を知らなかったのです。私の世界には魔力……魔法術と呼ばれるものは存在せず、代わりに科学という技術が発展しています。私の魔力は微量しかないということですが、元々存在しないものを持っているということが不思議なのではないでしょうか」


 華子は澱みなく答える。

 本当は国王が不思議、と表現したその意味を華子は知っているが、事実は伏せておく。特に嘘は言っていないので、いくらでも誤魔化しが効くだろう。するとブエノが華子を擁護するように口を挟んだ。


「それは私からも補足しましょう。過去にハナコ殿のいた世界……ハナコ殿の国の言葉で“ちきゅう”と呼ばれるところから来た客人は数多くいます。このフロールシア国王に多大な影響を与えたとされる、エスパーニャの賢人たちも、その“ちきゅう”から来ていたのです。彼らたちに魔力があったという記述はどこにも有りません……しかし、彼らは我々とは違う技術を多用しておりました。その技術については補足資料を読んでくだされ」

「それについてはわしからも。ハナコ殿の魔力が普通以下しかなく、ほとんど何もできないということは、わしと魔法術庁の測定結果が保証しよう。宰相殿が危惧することなどありませぬよ」


 アレッサンドロ医術師長が華子に向かって片目を瞑ってみせると、それを見ていた魔法術庁大臣がクスッと笑った。


「そうですね。フロールシアが誇る魔法術庁の魔法術師と技術の結晶が判定しているのですから、余計な杞憂でした」


 この発言により余計な疑いがかからずに済んだと思われたが、それもつかの間、フェランディエーレの言葉で打ち消される。


「しかしながら、ハナコ殿が来た同じ日に、北の別棟の方向で魔力の暴走があったことを私は覚えております。報告では若い竜騎士が魔力を暴走させ、止めに入った近衛と侍女の魔力が相乗効果により増幅したとありますがね……これは真実でしょうか?」


 フェランディエーレがジロリと華子を睨め付ける。

 華子もそのことを最近知ったばかりで、教えてくれたイネスも詳しくは語らなかったため真相はわからない。

 しかも魔力の暴走とやらは華子が眠っている時に起こり、すぐにリカルドによって鎮められたらしいのだ。ここ二、三日はリカルドとの関係がギクシャクしていたので、リカルド本人からは説明を受けていない。華子はこんなことなら思い切って聞いておけばよかったと今更ながら後悔した。


「あの、私の魔力は検定外だと言われました。私としては残念ですが、お役に立てるようなものではないと」

「ふっ、確かにその程度の魔力では暴走したとしても誰も気付けませんでしょうな」


 宰相補佐の一人であるマルティラックが小馬鹿にしたように鼻を鳴らすと、ニ、三人がそれに続く。マルティラックもリカルドが要注意人物として名前をあげていたので、華子は注意深く聞いていた。


「それに気になる事項としてはあのハリソン・ブルックスと同じ世界から来たこともあげられますぞ」

「何と、あの男と同じ世界から?!」

「これは興味深いですね。あの不遜な輩の同胞ですか」


 かなりお腹が出っ張っている男は、確かパンディアーニという貴族だ。何故華子をよく思わないのか理由はわからないが、フェランディエーレやマルティラックの肩を持つ発言をしていることから彼らは多分フェランディエーレたち反客人派というところであろう。


「どうですかなハナコ殿。貴女もご存知のようにハリソン・ブルックスという男は、我々の神経をいちいち逆なでする輩でしてな。ほとんど何も語ろうとはしないのですよ……同じ世界から来たというハナコ殿はどう思いますか?」


 何という意地の悪い質問であろうか。最初から、このフェランディエーレという男の印象はあまり良くない。どことなく、意地が悪いというか、華子が最初に就職し、すぐに倒産してしまった会社のネチネチと煩い上司と同じような匂いを感じたのだ。

 華子を国にとっての脅威と考えているのであれば、厳しい質問も受け止めなければならないと思うが、ただ単に客人というだけで排除しようとするのであれば、抵抗はしたい。


「あの、私の世界には七十億人以上の人がいるのです。ハリソン・ブルックスさんは、私とは国も人種も違う人ですからほとんど何も知りません」

「あの男の職業を知っているではないか! 第一、あの男は戦闘中にこちらへ来たのだぞ!! よもやその命を助け、警務隊に引き上げるとは……いや、聞きたいのはそのことではない、貴女やその世界の者が、我が国にとって有害であるか否か。おわかりですか、ハナコ殿」

「有害だなんて」

「この国に害をなすと判断されれば、その身を拘束することになるだろう」

「フェランディエーレ!! 貴様」


 それまで話を静かに聞いていたリカルドが椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がり、フェランディエーレに対して激昂した。その全身からはオレンジ色の魔力が滲み出し、ピリピリと肌を指すような圧迫感を感じた華子はリカルドを制止する。


「リカルド様、私なら構いません。大丈夫です」

「しかしあまりにも失礼極まりないですぞ!!」


 リカルドは華子を連れ出さんばかりの勢いであるが、華子は首を左右に振るとフェランディエーレをしっかりと見据えた。


「その方は今は警務隊で立派に働いていると伺いました。彼を悪く言うことは、その代表である警務隊総司令様を侮辱していることにはなりませんか?」


 華子は先ほどから話にも加わらず、微動だにしない警務隊総司令に視線を移す。


「ふん、考えもなしに客人を保護することに疑問も抱かぬ輩を、今更侮辱などするものか。客人を過信し過ぎると今に寝首をかかれるだろう。なあ? 警務隊総司令殿」


 フェランディエーレは小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。

 フェランディエーレは華子が気に入らないのではなく、異界の客人という存在そのものを、国から完全に排除したいようだ。 華子を庇護するリカルドや、同じく客人を助け警務隊という居場所まで与えた警務隊総司令のことが気に入らない。さらに言えば近衛騎士団長のことも気に入らないに違いない。

 国の戦力を担う三人のトップたちが、それぞれ客人に肩入れすることを阻止したいのだろうか。

 しかしながら華子には派閥など関係のない話だ。派閥争いであれは当事者同士でやっていただきたい。

 沈黙していた警務隊総司令が顔を上げ、その瞳が華子を捉えた。表情からも何も読み取れないが華子はわざと微笑むと立ち上がり、スカートを軽く摘まむ。そしておもむろに淑女らしいお辞儀をした。


「警務隊総司令様、私の同胞の命を救っていただいたことにお礼申し上げます。私たち客人が不安定な立場にありながらも、こうして生きていくことができるのは皆様のお陰だと思うのです。この場をお借りして感謝の意を述べさせていただきます」


 華子がゆっくりと顔を上げると、意表を突かれたとばかりに驚く警務隊総司令の顔が目に入ってきた。

 さらにフェランディエーレと反客人派の三人以外の誰もが、何処か照れたような眼差しで華子を見る。

 近衛騎士団長などは小さく拍手までしており、年長者のブエノやアレッサンドロはにこにこと相好を崩していた。そして何故か、あの書記官の女性の目がキラキラと輝いている。あれは涙だろうか。


「一本取られましたな、フェランディエーレ宰相」


 もう一人のナイスミドルな宰相補佐が、むすっとした表情のフェランディエーレに対して肩を竦めた。それにはフェランディエーレも黙ってはいられなくなったようだ。顔を真っ赤にさせ、資料をくしゃくしゃに握ると声を荒げた。


「何がだ! 大体、異界の客人風情がコンパネーロ・デル・アルマなど、聞いたこともないではないか! これは仕組まれているのだ、我が国を転覆せんとする、黒い陰謀に他ならん! 」

「陰謀なものか。私が異界から落ちてきたハナコを助けたのだ。何もない空中に見たこともない魔法陣が広がり、そこから落ちてきたのだぞ」


 フェランディエーレの言い分に我慢ならなくなったリカルドが応戦する。その瞳は冷ややかで、静かな怒りを秘めていた。


「それを見たのは貴方様だけでございましょう、殿下」

「陛下の心眼を疑うか、フェランディエーレ」


 まさに一触即発の雰囲気になるも、陛下の心眼というリカルドの言葉に、フェランディエーレは悔しそうに歯噛みした。


「馴れ合いならば他でやればよい。色恋に現を抜かし、害悪たる客人を排除しなかったその責任、殿下一人に背負えますかな」

「いい加減にしろ! 心配せずとも、ハナコは害悪などではない」

「ゆめゆめ後悔なされますな……補佐、後はお前に任せる」


 忌々しげな声音だが、気まずくなったのかフェランディエーレは資料を鷲掴みにすると、華子を憎しみのこもったような目で睨みつけて部屋を後にした。置いていかれる形になったマルティラックとパンディアーニは、もじもじとしたまま俯いているのでもう害はないだろう。


「ハナコ、このまま退出してもよろしいのですぞ」


 フェランディエーレを厳しい目で見送ったリカルドが、一転して気遣うような眼差しで華子の手を取る。


「いいえ、リカルド様。私はもう少し皆様と語り合いたいと思います」

「……わかりました。そう望むのであるならば」


 手を借りながら席に着いた華子は、リカルドに向けてにっこり笑うと、とどめとばかりに言い放った。


「だって、私はリカルド様のコンパネーロ・デル・アルマですもの。これくらいは当然です」

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