第23話 謁見の儀 ②

「エル・ムンドの涯に御坐す神よ、世が治世にその知恵を遣わしていただいたことに、深く感謝申し上げます」


 国王は深い皺の刻まれた顔を天に向け、この世界の神に感謝の意を示す。


「神の叡智、異界の客人まろうどハナコよ。フロールシアの国はいかがであるか?」

「はい……豊かな自然と溢れんばかりの民、そして培われた未知の技術に圧倒されるばかりでございます」

「そうであろう。この国はもう一千七百年以上も前から脈々と受け継がれ、栄えておる。数多の客人によりもたらされた知恵を活かし、我が物として会得し……さらに発展させてきたのじゃ。客人ハナコよ、そなたは我らに何をもたらす」


 華子は虚をつかれて言葉に詰まった。

 何が出来るのか考えれば考えるほど、何も持っておらず、特出すべきことがない自分に溜め息しか出てこなかったのだ。頼みの綱の魔力も役に立つほどのものではない。


「恐れながら陛下……私はありふれた市井の民でしかございません。ご期待に添えることができず、申し訳なく思っております」


 謙遜でも何でもなく、事実その通りである。

 このままではお世話になった者たちへ恩返しもできないと思うと、華子は情けなくなるのだ。


「そうか? 世の目には見えておる、そなたの魔力は不思議なものであるな」

「父王っ!!それは……」

「隠すでないリカルド。いずれは皆に知れること。どうであるか、客人ハナコよ」


 際どい質問にリカルドは肝を冷やす。


 やはり、この親父殿が一番の曲者であったか……。


 もう右目がめしいているというのに、全てを見通すと言われている、代々の王に受け継がれる心眼しんがんは健在であるようだ。


「私は今まで、身の内に魔力が宿っていることを存じておりませんでした。故にこの魔力をどのように扱えばよいのかすらわかりかねます」

「そうであるか……では質問を変えよう、客人ハナコは、そこな世が息子が、そなたに虹色の光を示したと聞いておる。それは誠か」


 国王の視線はずっと華子に注がれている。華子は、背中にじっとりと汗がわき出るくらいに緊張している自分に気が付いた。


 どう答えるべきなのか。


 リカルドのコンパネーロ・デル・アルマであると知ってからひと月近く、華子もずっと考えていた。


 身に余る光栄?


 無難ではあるが、それでは何かが違う。


「私はこの世界、エル・ムンドの者ではありません。虹色の光の意味すら分からず、魂を分けし者であると告げられても、その意味すら推し量ることができませんでした。しかし私がこの世界に落ちて来た時、助けてくださったのはリカルド殿下でございます」


 そう、まるで華子が来ることを知っていたかのようなタイミングで、リカルドは助けに現れた。まるで華子のことを昔から知っているかのように、出会った初めから、華子が困惑するほどに大切に扱ってくれた。


「リカルド殿下の虹色の瞳は私の心を落ち着かなくさせ、しかし反面、私の寂しいと思う心を癒してくださいます。この不思議な感覚が何であるのか、私にはまだ理解することができないのです」


 魂が求めているのか、華子が求めているのか、そのどちらもが求めているのか。リカルドの傍は心地よく、その仕草、言葉、温もりが心細い思いをしていた華子に光を灯してくれる。今も華子のすぐ傍で、心配げな顔をしながらも見守っていてくれるのだ。


「そなたは正直であるな……見極めるまで、待つと言うか」


 国王は華子の答えに満足そうに頷くと、ゆっくりと立ち上がる。

 ゆったりとした白いローブに身を包み、肩から長い真紅のマントを垂らす国王は、細身ながら背が高く王としての威厳に溢れていた。


「近う寄れ……許す」


 国王がその右手を華子に向かって差しのべる。


「陛下、それはいけません!!」


 それまで黙って傍に控えていた宰相が、国王を制止する。客人とはいえ、未知なる世界のこれまた未知なる人物が近寄るなどとは前代未聞の出来事だ。

 ましてや、客人を害なす者と提唱する反客人派にとって、華子が国王に何か良からぬことをするのではないかと、他の賛同者も騒ぎ始めた。


「世が息子のアルマやも知れぬ者なるぞ。世の心眼を疑うか」


 国王が視線だけを宰相に向けると、宰相はぐっと詰まるような声を飲み込んで首を横に振る。その仕草に、騒いでいた者たちも渋々ながら静かになった。


「さあ、客人ハナコ……ちこう」


 華子もこれには隣に立つリカルドの指示を仰ぐ。

 これはまったく想定外のことで、華子は練習など行っていなかった。


「ハナコ、父王は言い出したら聞かないのです。申し訳ないのですが、年寄りの我が儘を聞いてやってください」


 リカルドがあまりにも情けない声でお願いをするので、華子は歩くために脚にぐっと力を込める。高いヒールの履物がふかふかの絨毯に埋れてうまく歩けそうにないが、エスコート役のリカルドは呼ばれていないので一人で行くしかない。上品に見えるように、一歩一歩確認しながら近づいていく。

 座の後ろの王族たちが薄いカーテン越しに見えるが、その表情まではわからない。

 やっとの思いで国王から約二メートルの位置までたどり着くと、華子は膝を折った。


「まだ、近う」


 膝を折ったまま、すっと三十センチくらい近寄る。


「遠いではないか」


 さらに三十センチ。


「構わぬ、命令じゃ」


 そう言われると仕方がないので、華子は思い切って国王の足元に限りなく近寄り、差し出された御手にそろりと触れる。すると国王は思いの外力強く握り返してきた。


「ふむ、中々に愛らしい女子おなごだの」


 華子はぎょっとして国王の顔を見上げた。

 小さな声であるが、確かにこの声は国王のものである。


「後二十歳若ければ、あんな息子にはやらんかったがの……残念じゃ」


 威厳溢れる姿とは裏腹に国王の物言いはなんとも俗物的だ。


「申し訳ありません」


 華子は何に謝っているのかわからないがとりあえず謝罪する。


「謝る必要など何もない。そなたはそなたのままであれ」


 国王は、華子にだけ聞こえるように声を潜め、右手示指をくるくると回した。すると、小さな金色の光がキラキラと舞いながら華子と国王自身を包んでいく。


「これで彼奴らには聞こえまい。わしの心眼は全てを見通すのじゃ。よもや、わしが生きている間に相見えることができようとは、何たる僥倖よ。ハナコ、そなたは本当にリカルドのコンパネーロ・デル・アルマなのじゃなぁ。良き色の輝きをしておる」

「お分かりになられるのですか? 」

「同じ輝きを宿す魂よ、見間違えることはない。まあ、これはわしにだけに与えられた特権のお陰で分かるようなもの。本来ならば、息子とそなただけの秘密じゃな」

「あまり、実感が湧かないのです。でも、リカルド殿下はとても素晴らしく、とても……魅力的なお方であられます」


 ハナコのその言葉に、国王は大きく破顔した。

 それはリカルドの笑みに良く似ていて、やはり親子なのだと実感する。


「ところでハナコよ、嫌な思いはしておらぬか?」

「いいえ……よくしていただいております」

「そうかの? そこにいる者などそなたを目の敵のようにしておるようじゃが」


 玉座から六、七メートルほど離れた位置に立つ宰相にちらりと視線をやると、国王は鼻息を荒げる。宰相は険しい顔をして、ジッと華子を睨みつけていた。


「私のような身元も怪しい客人を危惧しておられるのは当然のことかと。リカルド殿下が私を守ってくださるので、風当たりはありません」

「あいわかった、わしに任せておれ……いや、これまでと同じように息子に任せた方がよいかの。早う仲良くなりたかろう」


 何がわかったのか何を任せるのか。とにかく国王のギャップの激しさに絶句する。威厳ある姿はそれまでのまま、中身が少しだけ父親の顔を覗かせており、思ったよりも親しみやすい。


「愚息の為に窮屈な思いをさせてしまい申し訳ない。次に会う時はお茶でも飲みながらゆっくり話を聞かせて欲しいのじゃが、どうかの、ハナコちゃん」


 悪戯っぽく笑う国王は、ぱちぱちと目を瞬かせて驚く華子の手をそっと離すと、側に控える侍従長に目配せをした。


「大丈夫じゃ、今後のことはわしと息子に任せておくとよい」


 返事をする間もなく国王がその身を引いたので、華子は深くお辞儀をするとリカルドの元に戻った。まるで内緒話のようだった会話を思い出し、華子の頭の中は混乱する。


「国王陛下、御退出!!」


 入って来た時と同じ近衛騎士の朗々たる声が謁見の間に響き、中にいた者が一斉に跪く。衣擦れの音が段々と遠のいたと思ったら、何か硬い物で床を叩いたようなカツンという音がした。


「さあ、ハナコ。これで謁見の儀は終わりでございます」


 先に立ち上がったリカルドが、手を引いて立ち上がらせてくれたが、脚から力が抜けてしまった華子はかくんとよろめいた。


「きゃっ」

「おおっと! 大丈夫ですか?」


 逞しいリカルド腕にすがりついて身体を支えた華子は何とか態勢を立て直すと、強張った頬を引きつらせるようにして笑う。


「ごめんなさい……思っていたより緊張してしまったみたいです」


 最後の最後にとんだ失敗をしてしまった、と慌てた華子であったが、玉座の後ろにいた王族たちはすでにおらず、謁見の間の両翼に控えていた高官や貴族たちは半分以上が退出している状態であった。


「さて、これからが本番ですかな」

「えっ? まだ何か……あっ、質疑」

「心配には及びませんよ。ハナコ、どうせ親父殿から何か言われたのでしょう?油断も隙もありませんな」


 リカルドの口調が元に戻っていることに安心した華子は、自分たちに近寄ってくる気配に気が付いた。


「では客人殿、私たちから少し質疑を行いたいと思います。よろしいですね」


 宰相が華子に伺いを立てるが、有無を言わせない強い口調である。リカルドが教えてくれた通りの尖った眼鏡をかけており、何が不満なのか眉間に皺をよせ華子の全身をじろじろと見ている。


「場所を移すのでこちらへ……リカルド殿下も御一緒にどうぞ」


 華子がリカルドを見ると、力強く頷いてくれたので、よしっと気合いを入れて後に続く。

 これから何を聞かれようとも、ハナコにはやましいことなど何もない。真実だけを語れば良く、後は聴いた者がどうとるかが問題なだけだ。

 謁見の間を出て長い廊下を歩いていくと、突き当たりの部屋の扉が開いており、中には先に退出した高官や貴族たちが待ち構えていた。


 華子は思わず中に入ることを躊躇したが、リカルドが華子の背中に手を当てて耳元で囁く。


「ハナコが嫌だと思った時点で連れ出します。悪い者ばかりではありませんので、少しだけでも話をしてあげてください」

「ええ、私も聞きたいことがありますから、お互い様ですね」


 華子は心配無用とばかりににっこり微笑むと、そのまま笑みを崩すことなく足を踏み入れた。


「私はハナコ・タナカと申します。皆様よろしくお願い致します」


 挨拶は基本、先手必勝だ。


「さて、ハナコ殿。先ほどの立ち振る舞いはお見事でした。ずいぶんと高い教養を持っているとの報告の通りですね。最も、本来は陛下に直接謁見すること自体が異例なのですから、粗相があっても困りますが」


 初対面でなんとも不躾な物言いであるが、華子は嫌な顔一つせずに一礼する。こういう時は余計な口を挟まない方がよい。


「ハナコ、こちらは宰相のフェランディエーレ公です。宰相もハナコを見習われよ、自己紹介もせず矢継ぎ早に言われても理解できかねますぞ」

「ははっ、違いない。ハナコ殿、私は近衛騎士団長のサルディバルだ。アマルゴンの間に詰める近衛騎士から噂は聞いている……リカルド殿下にはもったいない聡明な方だな」


 宰相を押しのけて割り込んできた栗色の髪の美丈夫が、華子の手を取り口付けを落とす。

 華子は手を引くべきか否か判断がつかず、悪戯っぽく微笑んだサルディバルと名乗った男にドギマギしてしまった。

  挨拶だとわかってはいてもそのような習慣のない華子は、見目の良い男性からされると照れてしまうのだ。


「サルディバル団長。ハナコが驚いておりますから、離れてください」


 リカルドが牽制を込めてサルディバルを睨みつける。四ヶ月前に結婚したばかりのこの男は、無自覚の人垂らしだ。


「おぉ、怖い怖い。ささ、ハナコ殿も席に着かれよ……皆の自己紹介はそれからだ」


 人当たりのよいサルディバルのお陰で、部屋の雰囲気も華子の気分も明るいものになった。一部、難しい顔をしている者たちがいるが、その者たちがリカルドの言う要注意人物なのだろう。もちろんその中にはフェランディエーレも含まれている。


 幾分和やかな空気の中、部屋いっぱいに広がる円卓の席に着いた華子はこの後、真っ正面に座る硬い雰囲気の女性に気を取られることとなる。

 熱心な視線を受けて顔を向けると、サッと視線を逸らされ、また視線を感じて顔を向けると今度は顔ごと逸らされるという可笑しな状況に、華子は疑問符を浮かべるが、その疑問が解消されたのは質疑の後であった。

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