閑話 伝令長は見た!

「ガラルーサ伝令長……俺もうダメっす……やっぱり無理なんすよ」

「ヨンパルト、そう落ち込むな。お前はまだ若いんだから機会はたくさんあるさ」

「そうっすかね……」


 私、カルロス・ガラルーサはラファーガ竜騎士団の団長伝令を任されている古参の竜騎士の一人だ。

 十八歳の頃に竜騎士を拝命してから、はや二十七年。最近身体の衰えをひしひしと感じる年齢になってきたが、まだまだ若い者には負けない自信はある。

 私には妻一人、息子二人、娘一人の家族があるが、若い頃はこの悩めるヨンパルト青年のように愛だの恋だのに一喜一憂していた時期もあった。


「お前はまだ二十一歳だろう。男の魅力というのは年を取るごとに上がっていくものだ……団長を見てみろ、未だに御婦人方から絶大な支持を得ているじゃないか」

「団長と比べられても、俺はあんな風にはなれっこないっすよ」


 ううむ、それもそうか。


 深い深い溜め息を吐いて肩を落とすヨンパルトは、お世辞にも世慣れているとは言い難い、地方出身の純朴な若者だ。最近恋人にこっぴどく振られてしまい、酷く落ち込んでいたので相談にのってやったのだが、立ち直るどころかますます沈んていく。


「団長はいいっすよね。モテモテで、しかもあんなに可愛いアルマがいるんすから」

「確かにハナコ様は可愛いがな。団長も苦労してきたんだぞ?長らくアルマは見つからないし、結婚をせっつかれるし……悩みに悩んで、今まで独身を貫いてきたアルマ持ちの鑑とも言えるべき男だ。たった一人に振られたくらいでなんだ、お前はアルマ持ちじゃないんだから女なんて星の数ほどいるだろう」

「くそおぅぅぅ、俺もアルマ持ちだったらよかったのにぃっ!! 」


 机に突っ伏して叫ぶヨンパルトの姿に私はなんとも言えない気持ちが沸いてくる。

 団長のアルマが見つかったのは約一月前だ。

 それまでは『セレソ・デル・ソルの恋人』と渾名されるほどの華麗なる女性遍歴を持っており、若かりし私はそれが羨ましくてならなかった。

 私が何とか意中の女性を射止め結婚した頃には、隣国とのいざこざで、団長は既に『冥界の使者』と呼ばれる恐ろしい存在として君臨していたため、その頃の女性たちとはすべて切れている。戦時中も寄り付いてくる女性は数多いたが、適当にあしらうか完全無視を決め込んでいたので、私にとっての団長は硬派な兄貴という印象の方が強い。


 そんな団長に遅い遅い春がやってきた。


 春を運んでくるに相応しい、『花の子供』という意味の名前を持つ団長のアルマは、それはそれは可愛らしいお方だった。

 団長が急に単騎で飛び去ったあの日、私は南の砦に詰めて団長の帰りを待っていた。直接は見ていないが、報告では団長の瞳に虹色の印が発現したと聞いていたので、あまり心配せずに比較的のんびりと待機していた私だったが、団長が連れ帰ってきた女性を見てそれはもう目が飛び出るほど驚いた。まさか本当にアルマを連れてくるとは思ってもいなかったし、完全に度肝を抜かれた。

 しかも異界の客人まろうどと聞いたときには、あの冷静冷徹なフェルナンド文官長ですら口をぱかりと空けて惚けていたのを見たのだ。

 団長の幸せを心から願う私たちは思わず雄叫びをあげ男泣きに泣いた輩も何人かいたが、私も目の端にジワリと感動の涙が湧いたことを否定はしない。そして、小柄で細っそりとした、フロールシアでは珍しい顔立ちの礼儀正しい女性––––ハナコ様に興味を持った輩が多数いたことも否定はしない。


 昨日はハナコ様の姿を厩舎でお見かけしたが、仔馬と戯れる姿は何とも無邪気で、団長じゃなくとも庇護したくなるような光景だった。馬番の男たちもハナコ様付の近衛の護衛騎士であるマウロも一様に口元を綻ばせ……いや鼻の下を伸ばしていた。馬番はいいとして護衛とは名目上の、監視役であるはずの近衛がそれでいいのかとは思ったが、宮殿の外に出歩いている時点でハナコ様に危険因子がないことはわかっていたので黙認してやった。確かマウロも独身だったはずだし、ハナコ様の側に詰めているうちに、フロールシア人にはない、異国、いや、異世界の魅力にやられてしまったのだろう。


 本気になる前に正気に戻ればいいが。

 うちの団長相手にあいつ如きが勝てるわけがないんだからな、しかしこんなんでいいのか、うちの近衛。


 そうは思うものの、先日竜騎士団本部に二人で連れ立ってこられた際の甘酸っぱいやり取りにはさすがの私もやられてしまった。

 まあ、これは仕方がないというものだ。

 私と団長のいつものやり取りに疎外感を覚えたのか、いじらしく拗ねてみせるハナコ様の姿にほだされた竜騎士もいるに違いない。あんなに初々しい団長など見たことがなかったので、ついついお節介を焼いてしまった私を責めないで欲しいものである。

 硬派な団長像は跡形もなく消えさってしまったがそれを残念だとは思わない。むしろ全力で応援する。


「うまくいくと思ってたんすよ。休みの日には一緒に市に行って、食事もして……」

「贈り物も言われるがままに買って、また会いましょうと。で、次はなかった」

「何で知ってるんすか? まさか、見てたりとかしませんよね? 」


 可哀相なヨンパルトに教えてやるべきか。

『フロールシアンが選ぶ憧れの職業百選』で毎年上位につける竜騎士は、女性にとっても憧れの的だ。といっても自らが働く場としてではなく、恋人にしたい職業としてである。

 竜騎士は厳しく危険な仕事であるが、そのためか結構な手当てが出る。ヨンパルトのような純朴な者は疑うことすらしないのであろうが、世の女性たちの中には狡猾にもそのお金目当てに近づき、搾り取るだけ搾り取ってさよならする者も少なからずいるのだ。

 まあ、ヨンパルトも騙された口なのだろう。


「付き合った期間も短いんだろう?次はもっとじっくり相手を見ろ。外見だけで決めるなよ」

「だって優しかったんすよ。俺の下町言葉も笑わなかったし、贈り物もあんなに喜んでくれて」

「わかったわかった。次は私が紹介してやるから、早く立ち直って仕事しろ」

「本当っすか? 期待しますよ?! もう四人目なんすよ。これでダメならしばらくは一人でいいっす」


 ……四人?


 免疫がないのか学習能力がないのかわからんが、私が女性を紹介したとしても多分うまくいかないだろう。いや絶対にうまくいかないと思う。


「……とりあえず下町言葉を治そうか」


 中身がまだまだ伴わない、見た目だけは立派な竜騎士に見えるヨンパルトに、私はそれだけしか言えなかった。




 ◇◇◇◇◇◇◇◇




 数日後、宮殿の方の執務室に要件があった私が、ヨンパルトを引き連れて回廊を歩いていた時、たまたまハナコ様に出会った。


「こんにちは、カルロスさん」

「ご機嫌いかがですかハナコ様」


 何でも謁見のための所作を練習しているらしく、長い回廊を踵の高い靴で繰り返し往復しているとのことだ。フリーデ侍女長のお墨付きを貰うまで頑張るのだという。


「カルロスさん、そちらのお方は? 」


 私の後ろでもじもじしているヨンパルトに気が付いたハナコ様が尋ねてきたので、ここは答えるしかあるまい。団長がいないところで勝手に紹介するのも気が引けるが、関係ないという言葉もあまり言いたくはない。ヨンパルトは竜騎士の端くれなので、身元は保証できる。


「竜騎士のヨンパルトですよ。まだまだ未熟者ですがドラゴンの世話が上手い奴でしてね。ヨンパルト、こちらは客人のハナコ様だ」

「は、はじめまして、フランシスク・ヨンパルトです」

「ハナコ・タナカと申します」


 滅多に宮殿に出入りすることがないヨンパルトは、緊張しているようで下町言葉も出てこないらしい。その様子を見ながら私はふと、異様な気配に気が付いた。

 その気配は私のよく知るもので、すぐ近くにいるらしい。そういえばギクシャクしているとの報告を受けていたことを思い出し、私は溜め息をついてその気配の方に視線を移す。


 なんでそんなに子供じみたことしてるんですか?


 柱の陰からジッとこちらを見ているのは、紛れもなく我らが団長である。気になるなら堂々と出てこればいいのに、わざわざ隠れる必要があるのだろうか。とりあえず、ハナコ様に知られたくないらしいので私が放置していると、さらによく知る冷気が近付いてきた。


 ……ご愁傷様です。


 眉を吊り上げたフェルナンド文官長の気配を察知した団長は、慌てて執務室の方へと踵を返す。音を立てないようにして、後ろ髪を引かれながら戻って行く団長の後ろ姿が、微妙に寂しそうだ。もっと堂々として欲しいものである。


「おや、ハナコ様。こんなところにおられたのですか。イネスが探しておりましたよ? 」


 団長が帰ったことを確認したフェルナンド文官長は、冷気を収めハナコ様ににっこりと笑って見せた。団長もハナコ様に甘いが、フェルナンド文官長も大概甘いと思う。心の底ではお二人の仲を応援しているようなので安心だが、この人の怒りの冷気は、中年男の腰にくるので要注意だ。


「は、はいっ、直ぐに戻ります! 皆さんご機嫌よう!! 」


 傍目にも分かる程顔を赤らめて、団長同様に慌てて立ち去るハナコ様に、回廊の向こうから迎えが来た。


「ハナコ様ったらこんなところで何をしているんですか?! 今から衣装合わせなんですから逃げても無駄ですわよ? フェルナンド様、ありがとうございました! 」

「イネス、くれぐれもお手柔らかにお願いしますよ」


 侍女のイネスがハナコ様を引きずるようにして連れていく姿を見たフェルナンド文官長が、珍しくくすりと笑っている。

 明日は嵐か?

 あからさまに機嫌の良いフェルナンド文官長など全くもって珍しい。


「お二人にも困りましたねぇ……そう思いませんか? 」


 お二人?

 ああ、そういうことか。


「本当ですね、見ているこちらがもどかしくなりますよ」


 ギクシャクしてはいても気になって仕方がないのでお互い様子を見に来た……ということか。

 この回廊をうろうろしていれば、宮殿の執務室から出てきた団長にばったり会うとか、裏庭に出かけるハナコ様に偶然出会う、とか、何ですかそれは、男子学生と女学生ですか?

 側から見れば、お二人が惹かれ合っているのはばればれで、特に団長などは今さら隠さなくてもいいと思うのだが。

 微妙な空気に、私とフェルナンド文官長は目を合わせて軽く頷いた。このことは内密にしておこう。

 私はヨンパルトにも釘を刺しておこう、と振り返ると、ヨンパルトはハナコ様が立ち去った方向を見つめてぼうっとしている。まさかこいつ、ハナコ様に一目惚れでもしたのか?


「おい、ヨンパルト!! 突っ立ってないで行くぞ」


 私の声にハッとして顔を向けてきたヨンパルトの耳は真っ赤になっていた。


「フェルナンド文官長、あの子、誰ですか?」

「あの子? ハナコ様のことか? 国賓であるお方にあの子だと? 」


 フェルナンド文官長の眉間に一気に皺が寄る。


「いえ、違います!! そうではなくてあの侍女の方っす……ですよ!!」

「イネスが何か?」

「イネスさんっていう名前なんですね。イネスさんかぁ」


 ヨンパルトの瞳が異様にキラキラしているが、これはあれか。


「ヨンパルト、イネスに惚れたか? 」


 私は試しに聞いてみた。

 間違いなくこいつはイネスに一目惚れしている。


「知ってるんですか?! 」

「……まあな」

「綺麗な方っすね。ガラルーサ伝令長、俺、彼女がいい、です」

「駄目だ、他を当たれ」

「えっ、まさかもういい人がいるんす……ですか?」

「とにかく駄目だ」


 ハナコ様に一目惚れしているわけではないので、よかったと言えばよかったんだが、よりにもよってイネスだとは。駄目なものは駄目なので諦めてもらうしかない。


「いいかヨンパルト。イネスは魔法術検定第一種を持つ侍女だ。お前では釣り合わん」

「一種?! 彼女が……そうですか、でも、俺頑張りますから、是非お願いします! 」

「しつこいぞ! 」

「ええーっ、そこを何とか」

「……そのような不毛な会話はここでは相応しくはないですね、殿下もお待ちです。行きますよ」


 私とヨンパルトが押し問答している横を、不機嫌さ丸出しのフェルナンド文官長が銀縁眼鏡を指で押し上げながら颯爽と歩いていく。


 もっともだとは思うが、ここは引くわけにはいかないところなんだよ!!

 こんな頼りない奴にイネスはやれないってのっ!!


「ガラルーサ伝令長、一生のお願いっすー!! 」

「いくら言っても無駄だ!! 」


 お前如きにイネスはやるかっ!!

 十年早いってのぉぉぉっ!!


 私の心の叫びは誰に届くでもなく、虚しく頭の中に響いただけであった。

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