第18話 竜騎士団へようこそ ②

 リカルドの執務室はこじんまりとしており、意外にもこまごまとした小物や私物で雑然とした雰囲気になっていた。


「汚いところで申し訳ありません。最近はこちらで執務することがめっきりと減ってしまいまして片付ける暇がなかったものでして、お恥ずかしい限りです」


 華子を応接ソファに座らせて、机の上をいそいそと片付けるリカルドは、罰の悪そうな顔をしている。カルロスの方はといえば、華子にお茶を差し出しながら笑っていた。


「だからいつも片付けておいてくださいと言っていますでしょう。私はご命令通り、勝手に触れたりはしませんからね」


 どうやらリカルドは自分で掃除するタイプの人間であるようだ。埃をかぶってはいないことから、定期的に掃除をしていたようである。しかし、手伝いを申し出ようにもこれでは手を出せない。

 華子はお茶を一口飲んで、どうするべきか考えあぐねていた。


「カルロスさん、私も……」

「ハナコ様はゆっくりなさっていてください。団長は自業自得ですから放って置いて結構ですよ」

「はあ、わかりました」


 とは言っても落ち着かないので、華子は部屋の様子をじっくりと観察することにした。

 まず執務室に入った時に目を奪われたものは、正面の大きな窓である。 外の様子がよく見えるように作らせたのであろうか、宮殿の窓とは違い、観音開きの窓の一枚一枚に仕切りはなく、一枚ガラスがはめ込んである。外には柔らかな緑の葉を繁らせた木々が生え、遠くには、ドラゴンが飼育されている竜舎の焦げ茶色の屋根が見えていた。

 赤茶色の書斎棚には、執務資料か何かの分厚い革表紙の本がずらりとならび、ところどころの空いたスペースには写真立てのような物や、飾りナイフなとが置かれている。華子はその中で、写真立てのような物に目が引き寄せられた。白黒ではあるが、明らかに写真に見える。


「リリ、リコ……リカルド様」


 リカルドの愛称を呼ぶのはやはり難しい。どの道、皆の前では愛称など使えないので、ここは無難に今まで通り「リカルド様」と呼ばせてもらおうと華子は思った。


 リコ様、は二人でいるときだけにしよう。

 いや、頼まれた時だけにしよう……。


「何でしょうハナコ?」


 一方、リカルドは「ハナコ」と呼び捨てにすることに慣れたようで、抵抗もなく自然に名前を呼んでいる。その声は心なしか甘い響きを含んでいた。


「あの、書斎棚にある……あれは」


 華子の視線の先にあるものに気がついたリカルドは、片付る手を休めて華子の座っているソファに近づいてきた。


「あれが何か?」

「ええ、あれは写真ですか?」

「なんと、ハナコの世界にも写真があったのですか?! ええ、その通り写真でございますよ」


 リカルドは書斎棚からその写真立てを取り、華子に見せてくれた。


「これは私が竜騎士団長に就任したときのものでして……まあ、今より幾分若いですな」


 豪華な飾りや勲章をたくさん付けたリカルドが真ん中に座り、周りには部下の竜騎士らしき人物が写っている。驚いたことにリカルドは口髭を蓄えており、そのためなのか、今よりも老けて見えた。


「なんだか随分と疲れて見えます」


 華子は素直に感想を告げた。

 団長に就任した頃といえば戦争後であろうか。午前中の学者の講義では、国を復興させるのにかなりの尽力を尽くしたと聞いていたので、この頃のリカルドは疲れ切っていたのだろうか。


「その通りですハナコ様。その頃の団長は疲れ果てて、そのまま隠居するのかと思うくらいの有様だったんですよ。今じゃ考えられませんがね」

「また余計なことを……」

「真実を言ったまでです。なまじ私らよりも体力有り余ってるじゃないですか。年齢詐欺ですよ」

「日頃の訓練と健康的な生活の賜物だ。竜騎士たるもの体調管理ができんでどうする」

「六十歳になってもドラゴンに跨がっている竜騎士なんて、団長以外に聞いたことありませんよ」


 リカルドの外見的若さは特別なもののようだ。皺自体は少ないものの目尻や目元、口の豊麗線は確かな年齢を感じる。それでも肌には張りがあり、瞳は濁ることなく力強く輝いている。


「いつまでも健康で若くあれるってすごいことですよ? 私だってリカルド様が羨ましいです」


 華子はリカルドとカルロスのやり取りにクスクスと笑いを漏らす。


「ハナコ……貴女がそれを言われますかな?」


 リカルドががくりと肩を落とした。リカルドからしてみれば、華子の方が驚異である。いくら本人が三十歳です、と言い張っても未だに信じ難いほどにその外見は幼く見えるのだ。

 ちょっとした仕草やその知性から滲み出る何かが、華子が年若い女性ではないと告げているが、華子を知らない者にはそうは映らないだろう。今のところフェルナンドや華子の侍女、給仕たちには華子が二十歳くらいに見えていたと聞いている。

 リカルドは試しにカルロスにも聞いてみることにした。


「カルロスにはハナコが幾つに見えるか?」


 いきなり問われてカルロスはしどろもどろになる。女性の前でその質問はいただけない。しかも、質問の内容の対象が本人であるならば尚更。


「ああ、気にしないでください。私も自分がどのくらいに見られているのか知りたいですから。どうぞ、正直に」


 華子も気分を害すどころか乗り気である。

 カルロスはごほんと咳払いをしてから、一瞬考えた。どう見たって若い。しかし、十代の少女ではなさそうだ。十七歳は過ぎているだろうが、二十を数えたばかりだろう。現に華子は薄っすらと化粧をしており、落ち着いた乗馬服で大人っぽく見せている。


「えー……正直にいいますと、二十歳くらいですか?」


 カルロスの言葉に華子は天を仰いだ。リカルドは口元を抑えて笑を堪えているようにも見える。


 これは失敗か?


「それでは十八歳?」

「ふっ……くくっ」


 何故かリカルドがふるふると身体を震わせている。


「もうっ、リカルド様っ!! 笑わないでくださいよ……ああ、もうっ!!」

「す、すみません。まさかまだ成人なさってなかったのですね。大変失礼なことを言ってしまいました」


 フロールシア王国では十七歳で成人を迎えるのだが、どうやら驚いたことに、華子は未成年であるようだ。カルロスは平謝りであったが、リカルドの笑い声は大きくなるばかりだった。


「あっはっはっは、ハ、ハナコ……もう、諦めた方が、くくっ……よろしい、かと……はははっ」

「そんなっ、皆さんの目がおかしいんです!! 私は悪くありませんからっ!! 私はごく普通に年を取ってきたんです……おかしくなんかありません!!」

「えっと、ハナコ様?」


 カルロスはますますわけがわからなくなった。


「ハナコ、そ、そろそろ正解を、教えてあげたほうが……くくっ、カルロスが戸惑っております」

「リカルド様に言われなくてもそうします!! カルロスさん、あの私は二十歳でも…ましてや十代でもなくてですね……」


 本当に三十歳なんです。

 嘘じゃありませんから、信じてください。


「ええーっ!!」


 リカルドも大概であるが、この日カルロスは上には上がいることを知ることとなった。




 ◇◇◇◇◇◇◇◇




「リカルド殿下? 入ります……」


 ノックとともに執務室の扉が開き、フェルナンドが入ってくる。

 午後の執務には少し早いが、また書類が溜まってきているので仕方が無い。最近はリカルドも真面目に執務をこなしているのでフェルナンドとしてはおおいに満足していた。これで華子との関係も良くなれば言うことなしである。


「午前中に回ってきた予算の書類ですが、もう少し削れとのお達しと、ドラゴンの飼育についての追加の通達が……?!」


 リカルドの返事がないので顔をあげたフェルナンドは、主のいない机に向かって一人で喋っていたことに顔を赤らめた。どうやら手洗いにでも行っているようだ。あと四半刻もすれば午後の執務時間になるのでそろそろ帰ってくるだろう。

 フェルナンドはリカルドを見張るために設えた自分専用のイスに尻を落ち着けてリカルドを待つことにした。


 ……遅い。


 …………何かあったのか?


 時間を過ぎても、リカルドは戻ってくる気配すら見せず、フェルナンドはイライラとして椅子から腰をあげた。

 真面目になったと思ったらすぐにこれだ。

 机の前を数往復した時、フェルナンドは窓の外に伝令の黄色い蝶が飛んでいることに気がついた。窓を少し開けてやると、蝶がひらひらと中に入ってきてフェルナンドの肩にとまる。


『悪いがフェルナンド、昼はハナコ殿と昼食を取る。遅くなった時は本部にいると思え』


 リカルドの声が消えると蝶もすぐに消えてしまった。


「伝言は……それだけですか……殿下? 」


 書類を持った手がワナワナと震え、青い魔力が陽炎のように揺らめき立つ。


 行くな、とは言わない。

 だがしかし、一言あってしかるべきではないだろうか。午前中も顔を合わせていたのだから尚更である。フェルナンドとて鬼ではないのだから、華子との昼食くらい大手を振って送り出してやるというのに。別にフェルナンドは華子といちゃつくな、とは言っていないが、リカルドは勘違いでもしているのだろうか。


 誰かが来た時のために、伝言用の赤いトンボを浮かべたフェルナンドは、竜騎士団本部へと向かうべく、宮殿の執務室を後にした。




 ◇◇◇◇◇◇◇◇




「はっくしゅん、はっっくしゅん」

「そういえば冷えますね。リカルド様、風邪ですか? 」

「くしゃみ二回は悪い噂ですよ。団長、何かやったんですか? 」


 竜騎士団の執務室で、のんびりとお茶をすすりながらアルバムを開いていた三人は、冷んやりとしたきみの悪い冷気を感じていた。


「風邪ではありませんよ。もちろん悪い噂などでは……」


 いや、待て。


 リカルドの脳裏に何かが掠める。急に感じた冷気はまだ執務室内を漂っている。これは魔力で間違いない。そしてリカルドはこの魔力に覚えがあった。


「……フェルナンド」


 フェルナンドは冷気を操ることを得意としており、リカルドもこの魔力の餌食になったことがしばしばある。しかし今日は、きちんとした伝言を飛ばしておいたので大丈夫なはずであった。それに午前中はギリギリまで執務をこなしていたのだから、少しくらいは大目に見てもらいたいものだ。


「団長、戻った方がよくないですか?」


 カルロスも心配しているようだ。

 元々リカルドは机上の執務が嫌いではなかったのであるが、ここ数年書類の量が倍以上に増えた。竜騎士団長としての書類はそこまでないが、第九王子リカルド・フリオ・デ・レメディオスとしての執務と書類が次々と舞い込んでくるのだ。高齢になった兄王子たちから仕事を押し付けられていることに気がついたリカルドが、皇位継承権を返上しようと目論んだほどに。


「リカルド様? 」


 リカルドとカルロスの神妙な表情に、華子も不安になっているのだろう。フェルナンドがリカルドに向けて送ってくる威圧の魔力の影響をもろに受けているかもしれない。リカルドは華子の手を取り立ち上がらせると同時に、こっそりと庇護の結界を張った。


「どうやら迎えがくるようですな。本当は色々と案内をしたかったのですが、また別の機会にいたしましょう」

「次にハナコ様を連れてくるときはちゃんと許可を取ってからにしてくださいよ」


 華子はリカルドとカルロスを見比べると慌てたように叫んだ。


「リカルド様はもしかしてフェルナンド様には何も伝えてなかったんですか?! 今頃心配してますよ?早く戻らなきゃ……私も一緒に謝りますから、ね? リカルド様? 」


 これではまるで華子がリカルドの保護者のようだ。しまった、という表情になったリカルドは、ばつが悪そうに後頭部を掻く。六十歳にして、まだお目付役から叱られてばかりの情けない姿がバレてしまった。


「さあ、のんびりする時間は終わりです。早く片付けて、帰りましょう」


 このときばかりは華子が年相応に見えた。

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