第13話 同じ世界からの客人の存在

 華子がリカルドから受け取った本を読んだ翌日から、部屋に学者たちが訪ねてくるようになった。これから華子は国王との謁見に備えて、こちらの知識を最低限身につける必要があるとのことだ。リカルドはすまなそうにしていたが、華子もそれくらいは理解できる。国王に対して粗相などできるはずもなく、この国の礼儀作法や立ち振る舞いをある程度マスターする方がより安心できるからだ。

 学者たちは客人まろうどと会うのに慣れているようで、華子も臆することなく質問した。すると学者たちも華子の理解力の高さを見抜き、最初は子供に話すような口調だったものから、段々と普通に話してくれるように変わっていった。まずは華子をフロールシアの客人として登録するために様々なことを聞かれることになったのだが、そこで華子は思いも寄らない事を知ることになる。


「それでは、ハナコ様は『ちきゅう』という世界にある『にほん』と呼ばれる国から来られたのですか」

「はい。私の国の言葉ではそういう名称でした」


 若い学者が華子の言葉を書き起こしていく。学者たちの前には何十冊もの分厚い本が置いてあり、それら全てに客人の記録が記されているらしい。何百年分の資料なのか分かり兼ねるが、どうか同じ世界、できれば日本からの客人が居て欲しい、と華子は思う。


「二百もの国があったのですか。それはまた、たくさんの種族が居るのでしょうね」

「文明を築けるような知的生命体は、人間と呼ばれる種族しか居ませんでした。この世界のように、人の形をした海人族や吸血族などの亜人種は確認されてないんです。私も詳しいことはわかりません。言葉もたくさんあって、私たち日本人が日常的に使う言葉は日本語と呼ばれています」


 華子も二百近くある国の名前を全て言えるわけではないし、言葉も日本語で精一杯だ。

 この世界では、人と亜人と呼ばれる知的生命体が存在しており、亜人は人の形をとってはいるが、人とは生態系が異なっているらしい。人魚に似た亜人や、吸血族など、空想世界の種族が普通に生活しているなんて信じられない。最も亜人は少数部族なので、出会う確率はそう高くはないようだが、海辺には海人族が街を作って住んでいるなんてファンタジーそのものだ。


「ご職業は『はけんしゃいん』と『あるばいと』でいらっしゃいますか。どういった内容なのですか? 」

「えっと、仕事を斡旋してくれる会社に登録して、能力に合った仕事が入ればその仕事をするようなシステム……えっと、まあ、私の場合は、事務と店番と会計を掛け持ちでやっていました」


 本当の意味は違うのだが、そこは濁しておくことにする。すべてを説明するのに自信がない。


「えー……つかぬことをお伺いしますが、独り者でいらっしゃる、と」

「生まれて今まで三十年間独り身です。当然子供もいません」


 はっきり断言する華子に若い学者はたじたじだ。女性にこの手の質問をする場合に慎重になる様子は、異世界共通のようだ。

 と、ここで華子も質問することにした。


「私からも少し質問をよろしいですか? 」

「どうぞ」


 華子は、聞きたいことリストの上位にランクインする他の客人について知りたかった。リカルドから貰った赤い本にも『機会があれば他の客人と会って話しをすることも見識を広げる』とあったからだ。華子は特に地球から来た客人に会ってみたかった。


「この国やそれ以外にもたくさんの客人が来ていると聞きました。地球や日本から来ている人はいませんか? 」

「うーん。その言葉を話す客人……該当する者はいないようですね」


 学者たちが分厚い本をめくっていく。


「江戸、武蔵国、下総国、上総国えっと、近江国……」


 髭の学者が本に手をかざして、華子の言葉を真似て呟くと本が光るが、それだけだ。髭の学者はありませんな、と答えた。


「例えば、髪型が丁髷とか丸髷とか、髷を結っている侍、武士、与力、同心」


 華子は知り得る限りの乏しい知識を掘り起こす。近代はだめでも江戸時代ならいるかもしれない。


「ああ!『よりき』に該当がありました。……しかし二百年以上前の客人ですね。『おおざかにしまちぶぎょう てんまんよりき』お名前は『ツネマサ・ジュロウ・ナカイ』」


 髭の学者の分厚いリストが光り、パラパラと勝手にページが開くと該当箇所を読み上げていく。


「そんなに昔なのですね」


 日本人が居た。江戸時代であるが、確かに日本人もこの世界に来たようだ。しかし、江戸時代は昔過ぎる。落胆する華子に若い学者が何か思いついたのか、髭の学者が読んでいた分厚い本の後ろのページを開いた。


「今から幾つか国の名前を言いますので、聞いたことのある国があれば教えてください」


 なるほど、華子が条件を提示するより効率的だ。


「近年の客人順に読み上げますね。ヴェンゼルト、タザナン、カッサンノール、リャンスーン、ユナイテッドステイツ、マルマロメティ、サンガトラ……」

「あ、ユナイテッドステイツ? それの正式名称はユナイテッド・ステイツ・オブ・アメリカ? 」


 読み上げ始めてすぐに聞き覚えのある国の通称が出てきたため、華子は驚いた。


「いえ、ユナイテッドステイツです。聞き覚えでも? 」


 若い学者も驚いたようだ。


「あります! 地球にある大国です。日本人はアメリカと呼んでいました。ユナイテッドステイツはその国の通称です」


「しかし『ちきゅう』ではなく『あーす』という世界にありますね」


 華子は確信した。


「地球を英語、イングリッシュで言うとアースというんです! 」

「イングリッシュ……確かにこの客人の母国の言語はイングリッシュですね。なるほど、ではハリソン・ブルックスという人物はご存知で? 」


 学者たちも興味深い顔つきになっている。近いところに同じ世界から来たかもしれない客人がいるのだ。学者たちにとってもいい研究材料だろう。


「いいえ。でもアメリカ人らしい名前だと思います。その方のご職業は? 」

「『ねいびー』です。しかし何の職業かはわかりません」

「それは多分、海軍です。この国には海軍は? 」

「我が国には海軍はありませんが、ノルテ大陸のハルヴァスト帝国が保有しておりますな。海における騎士団といったところですかな」

「彼について、詳しいことは分かりますか? ああ、凄い! アメリカ人が居たなんて」

「しかし、彼の情報はかなり少ないですね」


 アメリカ人、しかも海軍にいた客人。

 華子はどうしてもその客人に会いたくなった。あの本には最低限の事しか記載されていないようだが、それは職業のせいなのか。華子は聞かれた事はすべて正直に答えてきたが、その客人はどうやら違うらしい。それでも、華子にとっては希望である。


「そ、その方は生きていますか? 今どこに? 私の世界の人なら、是非会って話がしたいんです」

「うーむ。彼については警務隊総司令にお聞きするとよいでしょう。六年前に来たばかりですのでもちろん生きていますよ」

「六年前! 」


 しかも六年前とはかなり近い。警務隊総司令は謁見しなければならない人物だったはずなので、リカルドから話をつけてはもらえないだろうか。


「しかし、まだまだ先の話ですね。ハナコ様が全ての講義を受けられ、国王様方に謁見された後になりますよ」

「ハナコ様は理解力が高くておありですから、ひと月もすれば大丈夫になるでしょう」

「ひ、ひと月も先ですか……」


 華子からしてみれば楽観的とも感じられる学者たちの発言であるが、学者たちは知識が豊富な華子との講義を楽しみにしているらしい。久々にある程度話が通じる、彼らの好奇心をくすぐる客人なのだろう。華子には特別な能力はないが、広く浅くであれば地球の歩んできた歴史や、技術について話すことができる。一応、専門分野は商学だが、短期大学しか出ていないので知識と呼ぶには恥ずかしくもあるが。

 実は華子は知らないが、同じ世界から来たのであろうハリソン・ブルックスは、学者たちにとっては楽しくない客人であった。ギリギリ怪しまれない程度、必要最低限のことだけしか話さない寡黙な男であったからである。しかも視線だけは妙に鋭く、客人としてやって来た際の状況からも彼が只者ではないことは一目瞭然だった。その所為で宰相たち反客人一派から目を付けられ、執拗な程に尋問され、可哀想な待遇を受けることになったことは華子には伏せられた。

 同じ世界から来たというだけで、華子も同じ様な目に遭わないか、心配になったのだ。華子にはリカルドのコンパネーロ・デル・アルマという二重条件も付いているため、慎重にならなければならない。後からリカルドに報告するとして、今はそれ以上のことを話せる状況ではない。華子に気がつかれないようにサッと目配せをした学者たちは、話題を変えることにした。


「ハナコ様は先日、アレッサンドロ医術師長の健診を受けられましたでしょう? 」

「は、はい。それはもう頭の先からつま先まで」

「頭の先から……興味深い表現方法ですね。健診の結果が出るのが二、三週間くらいかかるのです」

「すぐには謁見できないのですね」

「いえ、ハナコ様の場合は国王陛下が直接会いたいと申し上げられまして。通常は魔法術式を織り込んだ、ガラスの仕切りがある部屋越しに行われるのですよ」


 直接会いたいとは国王の我儘であるが、それは仕方がない。なにせ華子は、国王の子息である、第九王子殿下リカルドのコンパネーロ・デル・アルマなのだから。直接謁見できるなんて、本当は名誉あることなのだろうし、学者たちの反応からしても、異例のことだと分かる。できれば、その他の客人と同じようにガラス越しに謁見させてもらえないだろうか、という華子のささやかな希望は、叶えられそうもなかった。


「さあ、それではこれからフロールシア王国の歴史や、ハナコ様が気にしておられるコンパネーロ・デル・アルマについてご説明いたしましょうかな」


 それまで黙って華子と学者たちの話を聞いていた、昔話の仙人のような出で立ちの一番年嵩の学者が、華子に向かってにっこりと笑った。

 いよいよ、スピリチュアルな –––– と言っても、魔法を目にした華子にとっては、ただの不思議な精神論ではなかったとわかる –––– 話が始まるようだ。ドロテアやイネスから少しずつ話は聞いていた魂の伴侶の話は、つい先程までは聞いておきたい話だったはずなのに。しかし、今の華子の頭を占めるのは先ほどの話題だった。


 ハリソン・ブルックス。

 きっとアメリカ人で、海軍にいたはずの彼に、もし会えるのならば、何を話そう。

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