第5話 国賓と宰相

 リカルドに抱きかかえられ、馬車から降りた華子は少し拍子抜けした。


 どうやら街の中央に見えていたサグラダファミリアは宮殿ではなかったらしい。それでも華子の目の前にある建物は荘厳な作りで、やはりというか他の建物と同じ様に質実剛健であった。日本の国会議事堂から余計な装飾を取り外したような五階建ての宮殿の入口前には、深紅の制服を着た騎士たちがずらりと並んでおり、身長の倍くらいはあろうかと思われる槍を手にしている。リカルドとは違う制服であることから、彼らは竜騎士ではないのかもしれない。まるで宮殿を護る近衛騎士という雰囲気である。皆端正な顔立ちをしているので目の保養にとても最適だ。

 リカルドは華子を抱えて入口に向かって歩きながら、騎士たちに告げる。


「異界の客人まろうどをお連れした。非常に疲れておいでだ。まずは休息を」


 すると、深紅の制服の騎士の一人が一歩前へ進み出てきた。


「はっ! すでに連絡を受けております。どうぞ、アマルゴンの間までおこしください」


 深紅の騎士がサッと手を挙げて合図をすると、様々な模様が彫り込まれた木製の重厚な扉が微かに光り出す。そしてその光が扉の模様に沿って輝き、不思議な模様を浮かびあがらせた。


「解錠!」


 深紅の騎士の言葉に、重厚な扉は音もなく開いていく。


「これも魔法だなんて……なんて凄い」


 その様子を見ながら華子は思わず感想を述べた。まるで自動ドアのようだが、魔法で開けるとなると話は別だ。


「魔法は私たちにとって欠かせないものです。これはまだ序ノ口ですぞ」


 リカルドが大きく開いた扉をくぐる。


「でも、誰かが出入りするたびにこの扉を開くのは大変ですね」


 いちいちあの深紅の騎士が「解錠!」と言っているのだろうか。魔法とはいえ、それはそれで面倒、いや大変労力がかかりそうだ。

 するとリカルドがくすりと笑う。


「華子殿は国賓でございますから特別です。普段の出入りはあちらの通用口からでありますよ」


 リカルドの示した先には普通サイズの扉がある。こちらは普通に取っ手を押して入るもののようだ。この世界の常識なんて知らなくて当たり前であったが、華子は無知な発言に恥ずかしくなってリカルドの腕の中で縮こまった。



 深緑の絨毯が敷き詰められた宮殿の廊下を突き進んで行く間、華子の目はまんまるになったままであった。

 長い廊下に幾つもの扉。一体何部屋あるのだろうか。要所要所ではお仕着せの侍従や侍女のような人がこちらに向かって頭を下げている。その途中で、まるで大病院の院長の回診のように、たくさんの人を引き連れた煌びやかな装いの集団に鉢合わせした。


「これはこれは、第九王子殿下……このような場所に女連れとは、また国王陛下を困らせるおつもりですかな?」

「宰相、口が過ぎるぞ」


 一気に険悪な雰囲気になり、華子はリカルドの腕の中で縮こまる。リカルドが宰相と呼んだ、いかにも慇懃無礼そうで神経質そうにも見える中年男性が、華子を馬鹿にしたように見やる。その視線が余りにも憎々しげだったので、リカルドに連れてこられるがままにここにいることが間違っているような気がしてくる。


「この方は新たに王国にお出ましになられた、尊き神の叡智えいち、異界の客人である。王国法に従い丁重にもてなせ」

「……また客人でございますか。やれやれ、どこの者かも知れぬ輩を無条件に受け入れるとは。害悪法の改正が必要なのは明白でありましょうに」

「フェランディエーレ! その口、慎まぬと言うならば、容赦はせぬぞ」


 リカルドの身体から、あの不思議なオレンジ色のオーラのようなものが昇り立ち、華子の身体もオレンジ色に染まる。緊迫した状況に為す術がない華子は、リカルドの服をぎゅっと掴んで身を縮めた。

 どうやら、この国の皆が異界の客人を歓迎しているわけではないらしい。

 華子の様子に気がついたリカルドが、抱き上げる腕に力を込め、宰相の視線からさり気なく華子を隠す。


「ふん、精々この国の役に立つとよいですな。くれぐれも悪い病気など撒き散らさないよう隔離なされてくださいませ」


 宰相は小馬鹿にしたように鼻を鳴らすと、取り巻きを引き連れて立ち去って行った。

 その取り巻きも、華子を嫌悪しているような表情を隠しもせずに露わにしている。

 全ての者が立ち去ったことを確認し、オレンジ色のオーラを収めたリカルドが、華子の様子をそっと伺う。


「ハナコ殿、申し訳ありませぬ」

「い、いえ、お国の事情もあるかと……えっと、宰相、様の言うことの方がもっともだと」

「あれは何故か客人を目の敵にしているのです。ハナコ殿が害悪など、フロールシア王国はそのような者ばかりでは、誓ってありませぬ」


 苦しげな表情のリカルドに、気にしていないことを告げると、悲しそうに眉根を寄せたリカルドが再び歩き出した。

 華子からしてみれば、無条件に華子を信用しているようなリカルドの方が不思議でならない。魂の伴侶だとか、コンパネーロ・デル・アルマだとかいうだけで、害悪じゃないと言い切るリカルドは、一体華子の何を知っているのだろう。


 宮殿の中庭にある回廊を渡り、別棟の二階に上がったリカルドは、突き当たりにある豪華な扉の部屋の前で立ち止まる。

 部屋の前には、上品な揃いのメイド服を着た女性が数名控えていた。


「異界の客人、ハナコ殿だ。くれぐれもよろしく頼む」


 女性たちを前にして、やっとリカルドがお姫様抱っこ地獄から解放してくれた。

 以外と毛足の長かった深緑の絨毯に華子はふらつきながら立つ。素足に足触りがとても気持ちよく、何の毛だろう、高価そうだし汚したらどうしよう、と気になった。


「ハナコ殿、ここがアマルゴンの間です。こちらの侍女たちが身の回りの世話をしてくれます」


 待機していた女性は侍女で、リカルドの言葉に一斉に深く頭を下げる。


「いえいえ、教えていただいたら自分でできますからっ」


 慌てて申し出を拒否した華子であったが、リカルドの「国賓ですから」という伝家の宝刀のような一言のもとに却下された。

 どうも、先ほどのひと幕を気にしているらしい。

 くれぐれも粗相のないように、と侍女たちに言い含めるリカルドは華子の視線に気がついて、申し訳なさそうな顔になる。


「それではハナコ殿。私は色々と報告しなければなりませぬ。侍女たちに申し付けておきますので、しばしの間ここで過ごされてください」

「色々とありがとうございました」


 リカルドと離れるのは正直不安であったが、リカルドにも仕事があるのだ。そういえば会議の途中で抜け出したとフェルナンドが言っていたことを思い出す。


「フリーデ、ハナコ殿を中へ」


 フリーデと呼ばれた壮年の侍女が前に進み出る。


客人まろうど様、私はフリーデと申します。何なりと申し付けくださいませ」


 またも深々と頭を下げられるので申し訳なくなって、華子も深々と頭を下げる。


「華子です。こちらこそよろしくお願いします」


 挨拶は基本です、そんなにかしこまらないでください、と互いに恐縮してしまった華子とフリーデは、頭を下げ合いながら部屋の中へと入って行く。その一部始終をながめていたリカルドは、まだ扉の外で待機している侍女に茶目っ気たっぷりに付け加えた。


「ハナコ殿は礼儀正しい謙虚な方なのだ。私のコンパネーロ・デル・アルマにするにはもったいないだろう?」

「まぁ! それでは、この方が……」


 何やら盛り上がるリカルドと侍女たちを尻目に、部屋に入った華子はその豪華さに唖然とした。


「ハナコ様、まずはおみ足を清めさせていただきます」


 挨拶合戦を終えた華子は、フリーデに促されて品の良い猫脚のソファに腰を落ち着けるも、半ばうわの空だ。

 座る際にリカルドから借りっ放しであった白いマントを脱ぐ。ネグリジェ一枚だが、ここには女性しかいないので大丈夫だろう。

 フリーデが木の盥にお湯を注ぎ、足湯の準備をしている間に華子は部屋の中を見回す。タンポポのような花模様の壁が可愛らしい印象を与えており、仰々しくなくて落ち着く。部屋の端に備え付けてある机や椅子、スツールなどの調度品は角が丸くなっており、部屋の雰囲気によく合っていた。

 ただ一つ難を言えば、広すぎる。

 まるで五十人くらい入る披露宴会場のような部屋は、1DKに暮らしていた華子にとっては居心地の悪いものであった。


「ハナコ様。準備が整いましたので、どうぞ足をこちらにお出しください」


 ホカホカと湯気を上げる盥を抱えたフリーデが華子の足元に屈み込む。


「いえ、色々と汚いですから、自分で出来ますから。フリーデさん、私自分でやります」


 誰かに身体を洗ってもらうなんて子供の頃以来だし、足なんて自分で洗える。


「ハナコ様、私のことはフリーデとお呼びください。さあ、足をこちらに」

「目上の方を呼び捨てなんてできません。それに、汚い足を洗っていただくわけにもいきません」


 フリーデが華子の足をつかもうと手を伸ばす。

 華子は足を上げてフリーデの手から逃れる。

 フリーデが手を伸ばす。

 華子が避ける。


「……」

「……わかりました。ハナコ様、この石鹸をお使いください」


 フリーデが諦めたように手にしていた石鹸を華子に渡す。薄い水色の石鹸は、爽やかなミントのような香りがした。


「フリーデさんごめんなさい。向こうの世界では自分のことは自分でしていたんです。それに私は一般人ですから、ごめんなさい」


 もう何が何だか理解が追いつかず、謝り倒すしかない華子は、とりあえず足を洗うことに専念する。足先をお湯につけて石鹸を泡立てながら丁寧に足を洗うと、温かいお湯が華子の緊張を溶かしていった。


「ハナコ様、私たち侍女はお世話をするのが仕事なのです。少しずつ慣れてくださいませ」


 フリーデは嫌な顔一つせず、寧ろ恐縮しきっている華子を好ましいと思っているようで、にっこりと微笑んだ。


 あれ? この笑顔、どこかでみたことがあるような……どこだったかな。


 華子は、フリーデの白髪交じりのこげ茶の髪や薄い茶色の目を見ながら思い出そうとして、結局その既視感が何なのかわからなかった。

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