41 ついに蚕家をクビですか!? その1


「申し訳ございません。術師を捕らえる機会を逃しまして……っ」


 術師、いまだ捕まえられず。

 平身低頭して報告する季白に、英翔はゆっくりとかぶりを振った。


「機会を逃したというのなら、最も責められるべきはわたしだ。敵の術師の確保より、明珠を優先したのだから」


 《龍》の力をもってすれば、術師を捕らえることも可能だったかもしれない。

 だが、あの時、気を失った明珠を人任せにすることは、たとえ愚かの極みとののしられようと、どうしてもできなかった。


 己の判断に悔いはない。

 今、逃がしたとしても、術師の狙いは英翔だ。ならば、明珠さえ無事ならば、捕らえる機会はいくらでもある。


「そう深刻に構えなくても大丈夫だよ~」

 にこやかに口をはさんだのは遼淵だ。


「卑怯者で? 逃げ足だけは一流みたいだけど? ここまで虚仮こけにされて引き下がっちゃ、蚕家の沽券こけんに関わるからね♪ 主だった術師達は、『昇龍の儀式』に参加したまま、まだ王都から戻ってないけど~。戻り次第、蚕家の総力を挙げて追わせてもらうよ♪」


 にこにこと明るく――だが、目だけが笑っていない。

 胆力のある季白と張宇ですら、微妙に顔を引きつらせている。


「……そういえば、清陣は正気に戻ったのか?」


 英翔にとっては、清陣がどうなろうと、正直、心の底からどうでもいい。

 が、顔を強張らせている季白と張宇を放っておくのも気の毒に思い、別の話題を振る。


「ん? ああ、『蟲殺しの妖剣』を手放したら、一応は正気に戻ったよ? やたら元気にワケのわかんないことをわめいていたけど」


 ぱっ、と身を凍えさせるような威圧感を霧散させ、遼淵が応じる。

 季白と張宇が、ほっと息を吐きだした。


「清陣殿が『蟲殺しの妖剣』を持ち出したのは、敵の術師にそそのかされたゆえですか?」


 季白の問いに、遼淵が「んー、そうじゃない?」と頷く。


「今回、唯一ソコだけは褒めてもいいねっ! この百年というもの、誰も抜いたことのない『蟲殺しの妖剣』を抜いて、結界の破壊を実践してくれたんだから♪ いや~、初めて清陣を見直したね!」


 わくわくと瞳を輝かせて遼淵が告げる。

 その顔は息子を心配する親の顔ではなく、興味のある物事には否応なしに引きつけられる研究者の顔だ。


「遼淵。清陣の処遇はお前に任せる。他にも、敵の手の者がいたのだろう? その者らの処遇も」


「あー、うん。新しく雇った侍女や下男の中に、傀儡蟲を仕込まれていたのが何人かね。今、蟲下しを試みてるけど、たぶん、蚕家に来る前に仕込まれたんじゃないかなあ。小さい卵を飲ませる機会くらい、いくらでもあっただろうしね」


 淡々と話していた遼淵が、不意に唇をとがらせる。


「あーっ、でもワタシも明珠に仕込まれてた傀儡蟲を見たかったなあ! 禁呪つきの特別製だったんだろっ!? 捕まえてくれてたら、解呪のためにいろいろ研究できたのに~っ!」


 好き勝手なことをいう遼淵に、思わず苛立いらだち、にらみつける。


「無茶をいうな! 無我夢中だったんだ。そこまで考えた上で行動なんてできるか。文句があるなら、即座に離邸へ来ればよかっただろうっ!?」


「来たよ!? これでも全速力で来たよっ!? あーっ、ワタシも夕べ離邸に泊まったらよかったなあ~」


「……遼淵殿が離邸にいたら、そもそも敵が行動を起こしていなかったんじゃありませんか?」


 卓に突っ伏して愚痴をこぼす遼淵に季白が呟くが、遼淵は綺麗に無視する。


「だって、イイトコ全部見逃したんだよ!? この哀しみといきどおりをどこにぶつければいいのさ!? あーっ、明珠に傀儡蟲が仕込まれてるって、事前に気づけてたらなあ~。明珠ってば、全然そんな様子がないんだもん」


 遼淵が地団太ふんで悔しがる。


「そういえば、明珠が神木にふれるたび調子を崩していたが……。もしかして、そのせいだったのか?」


「え、何ソレ!? 聞いてないよワタシ!」

 遼淵ががばりと卓から身を起こす。


 英翔から説明を聞くと、遼淵は歯ぎしりしてさらに悔しがった。


「きーっ、そんなオモシロそうなことが起こってたなんて! どうして教えてくれなかったのさ!」


「教えてって……。気づけるわけがないだろうが。わたし達の誰も、明珠に傀儡蟲が仕込まれているなど、昨夜襲われるまで、まったく気づかなかったんだぞ」


「たぶん、解呪の特性が傀儡蟲の孵化を抑えていたんだろうねぇ。はあ~、ますますイロイロ調べたかった……」


 無念さここに極まれり。

 しょぼーん、と捨てられた犬のように遼淵が哀しそうに肩を落とす。


「どうした、張宇」

 英翔は張宇が物言いたげに季白を見ているのに気づき、水を向ける。


「あ、いえ……」

 問われた張宇が、英翔と季白を交互に見ながら、おずおずと口を開く。


「季白はずっと、明珠が怪しいと警戒していたようでして……」


「何?」

 おととい、季白が明珠に剣を突きつけていたのを見た時の怒りと恐怖がよみがえり、季白を睨みつける。


「季白。わたしの言を聞き入れず、明珠を疑い続けていたのか?」


「英翔様をお守りするためです。事実、明珠に傀儡蟲が仕込まれていたではないですか」

 淡々と返す季白の言葉に、英翔は口をつぐむ他ない。


「先ほど明珠を見たところ、嫌な気配は消えておりましたので、もう安全かと思いますが……」


「ナニナニ!? もしかして、傀儡蟲が仕込まれているかわかるのかい!?」

 遼淵が目をきらきらさせて季白に食いつく。


「違います」


「季白はなぜか、英翔様限定で、すこぶる勘がいいのです」

 一言で否定した季白の言葉を、張宇が補う。


「それより――」

 季白が遼淵に向き直る。


 明珠が見たら、「ひぃっ! 季白さん、何を企んでるんですか!?」と悲鳴を上げそうな、人の悪い笑みを浮かべて。


「遼淵殿。明珠のことで、折り入って一つご相談があるのですが……」

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