36 興味を満たすためなら、おかまいなしです? その5


「守る手段が思い浮かばぬのなら、こうして常にそばにおいておくしかないだろう? そうすれば、張宇だって守りやすい」


 妙案だとばかりに告げた英翔が、


「ふむ……。張宇に守らせるという手もあるか……」

 と呟く。


「やめてください! 季白さんにも張宇さんにも睨まれるなんて、御免です!」


 張宇はきっと、困った顔で英翔の指示に従うだろうが、本心では英翔を守りたいに違いない。


 何より、そんな事態を季白が許すまい。鬼のような形相の季白に叱責されるなんて、勘弁願いたい。


「『破蟲はちゅう小刀しょうとう』とまではいかないが、張宇には、『蟲封むしふうじの剣』を持たせているしな。うん、いい案だ」


「どこがいい案ですか!? 無茶苦茶です! 狙われているのは英翔様ですよ!? 英翔様の警護を第一にしなくてどうするんですかっ!」


 じたばたと暴れながら盛大に突っ込む。


 時々、英翔の考えていることがさっぱりわからない。天と地ほどもある身分差のせいだろうか。


「あ、『蟲封じの剣』は護衛クンが持ってるんだね。『破蟲の小刀』には劣るけど、あれもなかなか、蟲に効くからね~。明珠も一本持ってみるかい? 巻物と違って、術を仕込んでいるわけじゃないから、解呪の能力にも影響されないだろうしね」


 いたずら小僧のように目を輝かせて、遼淵が明珠に思わせぶりな視線を送る。


「とっておきのがあるんだよ。『蟲殺しの妖剣』ってのが」


「む、蟲殺しですか?」


 聞くからに不穏な名称に、思わず唾液を飲みこむ。


「うん♪ どんな呪がめられているのかわかってないけど、斬った蟲を何でも滅するっていうふれこみの妖剣で――」


「遼淵」


 不意に英翔が低い声を出す。腰に回したままの腕に力がこもり、明珠は暴れるのをやめた。


 背後から発される威圧感に身がすくむ。


「『蟲殺しの妖剣』といえば、蚕家が管理する呪物の中でも、一際、危険と目されている物だろう? 蟲を滅する力は『破蟲の小刀』に引けを取らないが、振るう者の精神をもむしばむとか?」


「いやー、それを解呪の力を持つ明珠が持ったら、何か変化があるのかなーって。何せ、ここ百年は誰もふれてさえ――」


「なら、お前が持て」

 冷ややかな英翔の声が、遼淵の言葉をぶった切る。


「その結果、気が狂ったら、遠慮なくお前を当主の座から引きずり下ろしてやろう。どうだ?」


 深く響く英翔の声は涼やかで、いっそ優しささえ感じさせるほどなのに……。

 後から立ち昇るこの威圧感は何だろう? 怖くて後ろを振り向けない。


 一方、英翔に睨みつけられた遼淵は、


「あ、ごめん。やっぱナシで!」

 あっけらかんと言をひるがえす。


「気にはなるけど、当主の座を賭けてまで確かめることじゃないしね~。当主の座を賭けるなら、もっと面白い実験に賭けるよ♪」


 ……英翔の考えは時々わからないが、遼淵の思考は、明珠には常に理解不能だ。


「お前、「好奇心猫を殺す」という言葉を知っているか?」


「もちろん! いいよね~。九つも命があったら、多少、無茶な実験をしたって大丈夫だよねっ♪」


「お前な……。もういい」


 毒気を抜かれたような英翔の呆れ声。背中にかかる圧が緩んで、ほっと息を吐き出す。


 と、不意に優しく抱き寄せられて、明珠は再び身を硬くした。


「すまん。怯えさせてしまったな」


 耳のすぐそばで囁かれた声の近さに、瞬時に頬が熱くなる。


「だ、大丈夫ですっ。そんなことより、下ろしてくださいっ」


 足をばたつかせて抗議すると、


「嫌だ」

 と一言の元に却下された。


 腰に回された腕にますます力がこもり、ぴったり密着させられる。

 衣にき染められた香の匂いが押し寄せ、溺れてしまいそうだ。


「こうしていると、妙に落ち着く」


「あっ、それはわかります。私も順雪を抱っこしていると、すっごく癒され……ってそうじゃなくて!」


 抗議するはずが、逆に共感してしまい、思わず自分で自分に突っ込む。


「ご、ご当主様だっていらっしゃるのに、こんな……っ」


「あ、ワタシは別に気にしないよ? それより、やっぱり《龍》だよ、《龍》! 明珠が喚び出せるようにならないか、いろいろ試してみようよ!」


「えっ? そこに話が戻るんですか!?」


 遼淵のへこたれなさに、関心を通り越して呆れてしまう。


「ふむ。試してみるのもよいかもしれんな。明珠には自衛の手段が必要だ。わたしが常にそばにいられればよいが……」


「英翔様! 遼淵殿まで!? 二人して姿を消したまま戻ってらっしゃらないと思ったら……っ! こんなところで油を売ってらっしゃるとは!」


「……季白がうるさいからな」


 台所の入り口に仁王立ちする季白を振り返り、英翔が吐息する。


 明珠も振り返ると、目を怒らせた季白と、困り顔の張宇が並んでいる。


「言っておくが季白、わたしも遼淵も遊んでいたわけではないぞ。遼淵が気になることがあると言うのでな。《龍》について調べていたのだ」


「明珠を膝に乗せて何をおっしゃっているんですか! 説得力皆無です!」


「ぶはっ」

 季白の言葉に張宇が吹き出す。


 英翔が不服そうに秀麗な面輪をしかめた。


「たまには、ひとときの安らぎを得るのも必要だろう?」

「小娘で安らぐという意味がわかりません」


 ぶった切った季白が、


「で? 遼淵殿の懸念とは? もちろん禁呪に関わることなのでしょうね?」


 と鋭い視線で遼淵を見る。頭から英翔の言葉を否定する気はないらしい。


 季白と張宇も卓につき、明珠はようやく膝から下ろしてもらった。


 明珠が茶の支度をしている間に、遼淵が先ほどの話を季白と張宇にも説明する。話が進むにつれ、季白と張宇の顔が強張っていく。


「それは……。万が一、《龍》の気が敵の手に渡っていたら、かなりまずい事態ですね」


 青い顔で深刻に呟いたのは張宇だ。


「まずいどころではありません。 英翔様に仇なす者が《龍》を使えるなど……っ。対抗できるのが英翔様ご自身に限られてしまうではありませんか! これはやはり、一刻も早く禁呪を解かねば……っ」


 季白が鬼気迫る表情で、ぎりぎりと歯を噛みしめる。


「で、でも、まだ奪われたとも、敵が《龍》を使えるとも、決まってませんよ? さっき試してみましたけど、私には召喚できませんでしたし……」


「黙らっしゃい! 戦略を練る時は、常に最悪の事態も想定しておくべきです!」

 取りなそうとして、季白に一喝され、しゅん、と肩を落とす。


「すみません……」


「季白。お前が気を張るのはわかるが、明珠に当たるな。可哀想だろう」


 英翔が黒曜石の瞳を険しくして、季白をたしなめる。穏やかに口をはさんだのは張宇だ。


「それほど心配なら、本当に皇族以外には《龍》を扱えないかどうか、明珠を遼淵殿に預けてみたらどうだ?」


 季白の切れ長の瞳が、す、と細くなる。


「っ!」


 茶器を盆に載せて運んでいた明珠は、背筋まで凍えそうな視線に、嫌でも昨日、剣を突きつけられた時のことを思い出し、思わず身を固くする。季白の目は不審に満ちている。


 季白は張宇を振り向き、呆れたように吐息した。

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