36 興味を満たすためなら、おかまいなしです? その3


「禁呪によって、愛しの君の《龍》の気が封じられているんだと推測してたけど……。本当に、「封じられている」で、合っているのかな?」


「……どういう意味だ?」


 黒曜石の瞳が、す、と細くなる。


「いや~、昨日、龍玉を見たおかげで、ふと思いついたんだけどね? 封じられているんなら、まだマシだと思うんだ。禁呪によって使えなくさせられてるだけで、《龍》の気は、愛しの君本人の中にあるからさ。でも……。万が一、奪われているんだとしたら、ちょーっと厄介かもなーっ、て」


「っ!?」


 息を飲んだのは、英翔と明珠どちらか。それとも、二人ともか。


 顔を強張らせた二人にかまわず、遼淵は笑顔で続ける。


「というわけで、皇族の血を引いてなくても、《龍》を喚び出せるかどうか、実験してみようと思ってさ~」


「……確かに、敵まで《龍》を扱えるとしたら、話が変わってくるな。《龍》に対抗できるのは、《龍》だけ。他の蟲では、一切、手も足も出ん」


 英翔が苦い声で言う。


 他を圧する《龍》の力を、敵も使えるとなれば、脅威が跳ね上がる。

 しかも、英翔はいつでも《龍》を喚び出せるわけではないのだ。


 もし、英翔が少年姿の時に、刺客に襲われたら――。


 考えただけで、心臓が恐怖にきゅうぅっ、と縮む。


「御当主様! 私は何をすればいいんですか!?」


 勢い込んで尋ねると、肩をすくめられる。


「《龍》の喚び出し方を聞くなら、ワタシじゃなくて、愛しの君に聞かなきゃ」


 遼淵の視線を追って、英翔を見つめる。二人に見つめられ、英翔は困ったように眉を寄せた。


「《龍》の喚び出し方か……。いつも感覚的に喚んでいるものを、言語化するとなると、少し難しいな」


「えっ!? あんなすごいものを、感覚で召喚してるんですか!?」

 英翔の言葉に驚く。


 明珠など、よほど慣れている蟲ででもなければ、ちゃんと呪文を唱えなければ、下位の蟲でも召喚に失敗するほどなのに。

 以前、英翔は皇族の中でも、力が突出していると話していたのを思い出す。


「いや、待て。古い記憶を思い出す。皇族は皆、物心ついた時に、《龍》を召喚できる力があるかどうか、試されるからな。十二の年になるまで、術を使えなかったわたしは、何度も試されたものだ……」


「愛しの君は、その点も珍しいよね~。ふつう、強い《龍》の気を持つ皇族は、たいてい幼い頃から力を発揮しているものなんだけど……」


 遼淵が考え込んでいる英翔を見つめる。どこか遠くを見る目をしていた英翔が、やがて、「よし」と頷く。


「思い出したぞ。確か……」

 英翔が卓の上に右手をかざす。


「《あらゆる蟲達の主よ。至高の頂に端座する王よ。我が身に流れる血の盟約に基づき、光り輝く御身を我が前に示したもう》」


 深く響く英翔の声が、ゆっくりと呪文を紡ぐ。途端、


 ぱあぁっ、と卓の上が輝く。現れたのは、昨日見たのと同じ、一尺ほどの大きさの白銀に輝く《龍》だ。


「綺麗……」


 羽も持たぬのに宙に浮き、優美に身をくねらせる《龍》は、何度見ても見飽きない美しさだ。遼淵が夢中になっているのも、わかる気がする。


 ……さすがに、舐めたいとは間違っても思わないが。


 と、《龍》が明珠の手元に飛んできて、すり、と細長い身体を腕に巻きつけてくる。


 月の光を凝縮したような白銀のきらめきから、なんとなく、冷たいものと想像していたが、意外なことに、《龍》はほんわかと温かかった。

 密に生えている鱗は、一枚一枚が宝石のようで、すべすべしている。たなびくたてがみが少しくすぐったい。


「気に入られたようだな」

 英翔が柔らかな笑みをこぼす。


「えーっ! 明珠だけずるい! ワタシには、嫌がるばっかりで全然甘えてくれなかったよ!? よーしよし、こっちにもおいで~♪」


 ぷう、と頬をふくらませた遼淵が手招きするが、《龍》は見事に無視だ。


 つーんとばかりにそっぽを向くと、明珠の腕に巻きついて離れない。


「呪文はわかったか?」


「はいっ。でも、いいんでしょうか……? 私なんかが呪文を教えていただいて……。門外不出の呪文では?」


 呪文の中には秘匿されているものもある。心配になって問うと、英翔が苦笑した。


「そんな呪文ではないから安心しろ。そもそも、使える者が限られているからな。広まったところで、使える者が増えるわけでなし、気にするな」


「そんなことより早く試してみようよ!」

 遼淵が目を輝かせて急かす。


「は、はい……」


 緊張にごくりと唾を飲みこみ、左手で守り袋を握りしめる。英翔と同じように卓の上に右手をかざし、


「《あらゆる蟲達の主よ。至高の頂に端座する王よ。我が身に流れる血の盟約に基づき、光り輝く御身を我が前に示したもう》」


 心を込めて、呪文を唱える。が。


「……なんにも出てこないねえ~」


 遼淵がつまらなさそうに吐息する。


「も、もう一度唱えてみますっ」

 もう一度、一語一句に気をつけて唱えるが。


 まったく、全然、召喚できる気配がしない。


「……無理みたいです……」


 ふつう蟲が召喚に応えてくれる時は、手のひらに熱を感じたり、何らかの気配を感じるものだが、一切、気配がない。


「で、でも、私が《龍》を呼び出せないということは、万が一、《龍》の気を奪われていたとしても、敵の術師も《龍》を召喚できないということですよね!?」


 明珠が《龍》を召喚できるよりも、そちらの方がずっといい。


「《龍》の気が体内にあっても、召喚することはできない、か……。それに、呪文にあった「我が身に流れる血の盟約」という言葉……。何が《龍》の召喚条件になっているのか、興味深いねっ!」


 遼淵が抱いた感想は、明珠とはまったく違ったらしい。


「……英翔様? どうかなさったんですか?」


 明珠は、英翔が秀麗な面輪をしかめているのに気づいて尋ねる。

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