35 娘と言って信じてくれます? その4
「このまま、少年をここに放っておくわけにもいくまい。ひとまず、離邸に連れ帰るぞ」
「は、はいっ。あ……」
ようやく、楚林が怪我をしていることに気づく。
縛蟲に斬りつけようとした時の怪我だろう、左腕に赤い線が走り、血がにじんでいる。
「《癒蟲》」
英翔が傷の上に手をかざし、あっという間に癒す。
「では、私が背負いますから、手を貸していただけますか?」
もう大丈夫だろうと、楚林にふれようとすると肩をつかんで引きとめられた。
「なぜお前が背負う? お前の体格では無理だ」
明珠の返事も待たずに、英翔が楚林を背負おうとする。
「では、せめて
明珠はあわてて手を貸すと、ぐったりしている楚林の背から籠を外した。
籠の中には何種類かの野菜が入っている。
じわじわと籠に染み込んでいく卵の中身のように、恐怖と不安が心に広がっていく。
「どうして楚林が……」
考えられるのは、昨日は、季白と明珠が楚林に食材の配達を頼んだからという一点だけだ。
自分達が楚林に接触したことで、巻き込んでしまったのだとしたら。
「お前が気に病むことではない」
不意に、隣を歩く英翔に、くしゃりと髪を撫でられた。
驚いて振り向くと、背負った楚林の位置を調整した英翔の、真っ直ぐな眼差しとぶつかる。
「お前と季白は、考えられる中で最善と思われる手を打った。それを利用されたのは事実だが、その咎はお前が負うものではない。誰が何と言おうと、罪を負うべきは、楚林に傀儡蟲を仕込んだ敵の術師だ。……そうだろう?」
「英翔様がおっしゃる理屈はわかりますけど……」
英翔が慰めようとしてくれるのは、わかる。だが、すぐに感情を納得させることなどできない。
もし、楚林に最初に会ったのが明珠だけ、もしくは英翔一人だったら……。どちらとも、無事ではいられなかっただろう。
英翔は、明珠の返答まで予想していたのだろうか。黒曜石の瞳が、ふ、と柔らかく緩む。
「説得しようとまでは、思っておらん。ただ、覚えておけ。お前の優しい性格は美点だが……。一人で何でも背負い込み過ぎると、辛くなるぞ? わたしもいる。もう少し頼るといい」
「ありがとうございます」
英翔の思いやりに、心が温かくなる。
「そうですよね。起こってしまったことを悔むより、これからどうやったらいいか考える方がいいですよね!」
籠を持つ手に力を込めたところで、離邸に着く。
食堂へ入ると、残っていたのは張宇と遼淵の二人だった。季白は着替えに行ったのだろう。
青年英翔の姿を見た途端、遼淵が子どものように唇をとがらせる。
「えーっ! ずるいよっ! ワタシのいない所でするなんて、観察できないじゃないか!」
「……遼淵殿。それどころではないかと。英翔様、その子どもは? 何かあったのですか?」
控えめに遼淵に突っ込んだ張宇が、表情を硬くする。
「傀儡蟲を仕込まれ、刺客に仕立てられていた」
英翔が食堂にある長椅子の一つに、楚林を寝かせる。
英翔が先ほどの出来事を簡単に説明している間に、着物を着替え、頭を拭いた季白が戻ってきた。説明を聞いた途端、季白が切れ長の目をすがめる。
「昨日の今日で刺客をよこすとは……。敵の攻勢が激しくなっていますね。術師本人が現れないのが、忌々しい限りですが」
「まあ、来たくても離邸には近づけないしね~」
季白の言葉に、遼淵が肩をすくめる。
「どういう意味だ?」
反応したのは英翔だ。問われた遼淵が、きょとんと首をかしげる。ややあって。
「あれ~? 言ってなかったっけ?」
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