33 口にそっと、甘いもの その2
「お前を待っていたんだ。これを渡したくてな」
英翔が手近な卓の上に置いてあった小さな紙の包みをとり、明珠に渡す。手のひらに乗る大きさだ。
「開けてみろ」
荷物を抱え直して、折られた紙を開く。
中に入っていたのは、色とりどりの
透き通った丸い飴はまるで宝玉のようで、高級品だと一目でわかる。
「前に、甘いものが好きだと言っていたのを思い出してな。今日は、いろいろなことがあって疲れただろう。甘いもので英気を養うといい」
「ありがとうございます! でも、いいんですか? こんな高そうな飴……」
不安になって問うと、英翔が苦笑する。
「構わん。張宇に分けてもらったものだが、張宇も、お前にやるのなら喜んでと言っていたぞ」
「あ、張宇さんのなんですね」
いったいどこから出てきた飴玉かと思っていたが、張宇なら納得だ。
「ありがたくいただきます」
こんな綺麗な飴を、自分一人で食べるなんてもったいない。
給金が出たら、実家に仕送りをする時に、一緒に包んで送ろう。順雪も喜ぶに違いない。
「……もしかして、弟に送ってやろうなどと考えているのではないだろうな?」
まるで、明珠の心を読んだように、英翔が言う。
「えっ、その、順雪にもと……」
もごもごと告げると、英翔が苦笑した。が、その笑みはどこか優しい。
「弟思いなのは結構だが、張宇もお前のためにと用立てたんだ。お前が食べねば張宇も残念がるぞ」
英翔の黒曜石の瞳が、
「遠慮するのなら、わたしが口に押し込んでやろう」
包みから一つ飴玉をつまみ上げた英翔が、「ほら」と明珠の口の前に持ってくる。
「だ、大丈夫です! 自分で……むぐ」
開いた口に、飴玉を押し込まれる。
優しい指先が唇をかすめる。力づくに抗議しようとしたが――。
「おいしい! すごくおいしいですっ!」
飴玉の甘さに、抗議の気持ちはどこかに飛んで行ってしまった。
「そうか。それはよかった」
微笑んだ英翔が、
「……犬や猫を餌付けする者の気持ちがわかる気がする……」
と小声で呟く。
「順雪に送ってやりたいのなら、もう少し張宇からもらってやろう」
「お気遣いはありがたいですが、大丈夫です。ほしかったら、自分でお代を払って張宇さんに分けてもらいますから」
ぶんぶんとかぶりを振って断る。
口の中でころころと飴玉を転がしていると、甘さに心がほどけていく気がする。
今日は、緊張と驚愕の連続だった。疲れた精神と身体を、甘味がじんわりと癒していく。
「……会いたいと言っていた遼淵は、どうだった?」
明珠の様子を眺めていた英翔が、静かに口を開く。
「遼淵は昔から変わり者だからな。己の好奇心を満たすためなら、どんな手段でも
そう告げる英翔の声には、苦笑と諦めが入り混じっている。
「とんでもないです! 母のことを覚えていてくださいましたし、急に現れた私を、娘だと認めてくださって……。感謝こそすれ、幻滅なんてありません!」
「それならいいが……。忠告しておくが、遼淵に常識は期待するなよ? するだけ無駄だ。もし、遼淵が何か無茶を言ってきたら、すぐにわたしに報告しろ。暴走しないよう、引きとめる。お前は、取引に関わりないのだから」
「はあ……。ありがとうございます?」
あいまいに礼を述べる。
確かに、遼淵は子どもみたいなところがあって、行動の予測がつかない。だが。
「まだ少ししかお会いしていませんけど、遼淵様は悪い方ではないように思います。私、もしかしたら、詐欺師と疑われて訴えられるかも、って心配していたんです」
「お前に詐欺師は無理だ」
英翔が苦笑して、きっぱりと断言する。
「お前は、動揺がすぐに顔に出るからな?」
「ええっ? そうですか?」
「ん? 自分では気づいてないのか?」
英翔が愉快そうに笑う。
「気づいていないのなら、今から確かめさせて――」
黒曜石の瞳が、再び悪戯っぽくきらめく。
本能的に危険な予感を覚えて、明珠は一歩、後ろに下がった。
「いいです、大丈夫です。もう夜も遅いので失礼します――っ!」
ぺこりと一礼し、明珠は逃げるように自室へ駆け戻った。
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