31 虫籠と乾燥ワカメは何のため? その5


「さあ、蚕家の跡取りなんてどうでもいいじゃないか! もうおあずけはいいだろう!? 愛しの君、そろそろ《龍》の気を見せておくれ!」


 遼淵が目を輝かせて卓に乗り出す。軽く頷いた英翔が卓の上に手をかざし。


「《我が元へ》」

 と短く呪文を唱える。


 英翔の召喚に応じて現れたのは、一尺ほどの長さの白銀に輝く細長い蛇だ。


 いや、蛇ではない。小さいながらも角があり、背にはたてがみが生えている。細長い体の両側についているのは、二対の短い脚だ。


「こ、これって……」


 昨夜、露台で英翔がんだモノは、これに違いない。さきほど、清陣に放ったものも。


「やったーっ! 皇族の中でも限られた者しか召喚できない《龍》をまじまじ観察できるなんて、取引した甲斐があったねっ! もう最高だよっ!」


 我慢できないとばかりに遼淵が歓声を上げる。


「さわってもいいよね!? さわるよ!? いやもーっ、頬ずりして食べちゃいたいっ!」


 「ほ~ら、よちよち、おいで~♪」とやに下がった顔で《龍》を撫で繰り回しているさまは、どう見てもアブナイ人だ。

 放っておいたら、本当にめまわしそうな気がする。


 呆気にとられて英翔に視線をやると、戸惑った表情をしているのに気がついた。


「どうなさったんですか?」

 声をかけると、「いや……」と英翔が己の手を見つめ、口を開く。


「この姿に戻った時の長さが、まちまちな気がしてな……。この身に一時的に戻った《龍》の気が一定値を下回ると、少年になってしまうのだと推測していたのだが……。今日は、二度も《龍》を召喚したにも関わらず、まだこの姿を保っているのでな」


 小首を傾げる英翔に、遼淵が同意する。


「ワタシの推測も愛しの君と同じだよ。何か、興味深い事実が新判明でもしたかい!?」


 噛みつくように遼淵が問う。その首に巻かれているのは《龍》だ。

 明珠には人外の表情など読めないが、《龍》がすごく迷惑そうな顔をしているように見えるのは、気のせいだろうか。


「いや、大したことではない……。それにしても、増えたものだな」


 英翔が視線をやった先は、大きな卓の端っこに追いやられた虫籠だ。

 時間が経ち、今では格子の隙間からでろでろとワカメがはみ出している。


「ちゃんと水につけていたら、もっとかさが増しますよ。乾燥ワカメって、すごくよく水を吸うんですから」


 きっと英翔は、乾燥ワカメを水で戻したところなど、見たこともないだろう。


「なるほど。……乾いている分、流れ込んでくるものをあれほど甘く感じるのか……?」


「英翔様?」


「いや、気にするな」

 軽くかぶりを振って、明珠を振り返った英翔の目が見開かれる。


「どうした!? ひどい顔色だぞ!?」

「え?」


 言われてみれば、先ほどから少し頭がぼうっとしている気がする。


 想像の埒外らちがいの事態が立て続けに起こりすぎて、精神力を使い果たしたのだろうと思っていたが。


「大丈夫ですよ。すぐによくなります」

「そんな青い顔をしていて、大丈夫なわけがあるか!」


 明珠の言葉を最後まで聞かず、英翔が立ちあがる。

 ひょいと横抱きに抱えられ、明珠は大いにあわてた。


「遼淵。離邸に戻る。その《龍》は、あと一刻はかえらん。まだ用があるなら、お前が離邸に来い」


「ちょっ、英翔様!?」


 明珠の抗議を無視して言い捨てた英翔が、露台に出て行く。

 広い露台には、風乗蟲ふうじょうちゅうが、巨体を丸めるように待機していた。


 明珠を横抱きにしたまま風乗蟲にまたがると、英翔が離邸まで飛べと命じる。

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