31 虫籠と乾燥ワカメは何のため? その3


「……どういうことだ?」


 表情は見えないが、英翔の声の低さに、背筋が震える。額を椅子にこすりつけたまま、声明する。


「その、刺客の術師に、私の知らない蟲を放たれて、それをどうにかしたくて……。「消えて」って念じたら、季白さんが喚んでいた盾蟲や縛蟲まで一緒に消えてしまって……」


「そうそう。たった二人で、盾蟲の守りもなく取り囲まれていたから、どうしようかと思ってね。従者クンの顔には見覚えがあったから、とりあえず《雷電蟲》を喚んだんだけど、余計なお世話だったかな?」


「とんでもないです! ご当主様が通りかかってくださらなかったら、どうなっていたことか……っ。助けていただいて、ありがとうございました」


 遼淵に向き直り、遼淵にも深々と頭を下げると、不意に肩を強く掴まれた。


 顔を上げた目の前に、英翔の面輪が迫る。


 苛烈かれつな光を宿す黒曜石の瞳を見ただけで、聞かずとも、英翔がとんでもなく怒っているのがわかる。


「本当に申し訳ありません! 私のせいで、季白さんの策を――」


「そんなことはどうでもいい!」

 叩きつけるような怒声に、びくりと身体が震える。


「事情を知っていたら迎えに行った時に、もっと厳しく叱ったものを!」


 英翔の叱責に、自分がどれほど心配をかけたのか思い出し、いたたまれない気持ちになる。


「済んだ話を持ち出すのは好まんが……。お前は無茶をし過ぎだ! 何より、お前が危険な目に遭っていた時、のうのうと眠りこけていた己に腹が立つ!」


「それは英翔様のせいじゃありません! 私が眠蟲で……」


「言い訳は聞かん! お前はもう、私の目の届かぬ所へ行くのは禁止だ!」


 横暴この上ないことを告げる英翔に、遼淵の笑い声がかぶる。


「そうだねぇ~。くわしい仕組みはこれから調べるほかないけど、明珠と水晶玉が解呪の鍵になっているのは確かだからね♪ 側においておくのは、妙案だと思うよ」


「ちょっ、ご当主様……」


 本人の意思を無視して勝手に決められては困る。

 抗議の声を上げると、遼淵が不満そうに唇をとがらせた。


「つれないなあ。親子ってわかったんだから、「お父様」って呼んでくれていいんだよ♪」


「いえ、それは余計な混乱を招くだけだと思うので、つつしんで辞退させてください」


 母の遺志を無視して、今さら、蚕家の跡取り問題に関わる気など、毛頭ない。


 きっぱり告げると、遼淵は子どものように「ちぇーっ」と呟いた。


「明珠がそう言うんなら、とりあえずは引くけど。あっ、それより……。ワタシの推測では、愛しの君の状態は、コレだと思うんだよねっ!」


 ずばーん!


 遼淵が勢いよく明珠と英翔に差し出したのは。


「……乾燥ワカメ、ですか?」


 先ほど遼淵が、乾燥ワカメをせっせと詰めこんでいた虫籠だ。


「あのすみません。おっしゃりたい意味が、全然わからないんですけど……?」


 つやつやぴかぴかの英翔が、どこをどう間違ったら、カサカサしわしわの乾燥ワカメになるのだろう?


 明珠の問いに、遼淵は気を悪くした様子もなく、「だから~」と、手に持った乾燥ワカメを一枚、ひらひらさせる。


「虫籠が、禁呪を表しているとするだろう? 愛しの君が少年の姿になった原因は、禁呪により、《龍》の気が奪われたせいだと思うんだよね~。つまり、水分を《龍》の気だと考えると、ほとんどを失って、からからの状態ってわけだ」


 遼淵は虫籠を軽く振る。細い木が格子状に木釘で打たれた虫籠の中で、乾燥ワカメが乾いた音を立てた。


「正直、禁呪の正体は、まだ全然わかってないんだよね~。ワタシの力をもってすれば、無理矢理、解くことも可能かもしれないけど……」


 手に持っていた一枚を放り込み、ふたを閉めた遼淵が、小さな虫籠を両手で持って力を込める。


 細い木枠が、みしり、と不吉な音を立てた。


「……中まで壊すワケには、いかないもんね♪」


 あっさり告げられた言葉に、背筋を冷たい汗が滑り落ちる。

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