31 虫籠と乾燥ワカメは何のため? その2
「あの、私、ご当主様に見ていただきたいものが……」
自分のことよりも大切な用件を思い出し、守り袋を引っ張り出す。
中から丁寧に水晶玉を取り出した途端、椅子を蹴倒さんばかりの勢いで遼淵が立ち上がり、明珠に迫る。
「そ、それは……っ! もしかして、《
あまりの勢いに、反射的に退きそうになった背中を、英翔の大きな手が支えてくれる。
その手の力強さに勇気づけられ、そっと水晶玉を遼淵に差し出した。
遼淵が「おお……」と感極まった様子で水晶玉を手にとる。
「天へ舞い昇る龍が宿る珠……。これぞ、伝承に
震える声と指先で、水晶玉をためつすがめつしていた遼淵が、噛みつくように尋ねる。
「明珠! いったい、これをどこでどうやって手に入れたんだいっ!?」
らんらんと目を輝かせる遼淵は、入手方法さえわかれば、今すぐ自ら取りに行きそうだ。
「わ、私は知らないんです。これは母さんの形見で……」
「麗珠の!?」
「少し落ち着け、遼淵。明珠が言った通り、この水晶玉は麗珠のものだったそうだが、明珠は由来をまったく知らないそうだ。わたしにかけられた禁呪を解くためには、この水晶玉が欠かせぬようでな。それで、お前なら何かわかるかと尋ねたんだが」
明珠の代わりに、英翔が簡潔に説明してくれる。
「これが解呪に!? ますます興味深い……っ!」
「残念ながら、わたしと季白は、これが何かわからなかった。お前なら、何か知っているではないかと思ったんだが……」
「さすがのワタシでも、すぐにはわからないねぇ~。見たところ、伝承に詠われる《龍玉》に似てる気がするけど……」
遼淵が眉根を寄せる。
「龍玉って……。龍が描かれた絵で、よく龍が手に持っている珠ですか?」
明珠の問いに、遼淵は「そうそう」と、水晶玉から視線も離さずに頷く。
「まるで、天へと舞い昇る龍のようなこの紋様! 加工した様子もまったくないし……。なにより、この玉からは、ほんのかすかだけれど、《龍》の気を感じる」
遼淵の言葉に、英翔も同意する。
「ああ。わたしも、この水晶玉を握ると、どこか懐かしいような気持になる」
ひとまず落ち着いて席に着くようにと、英翔が遼淵と明珠をうながす。
部屋の中央に置かれた卓を挟んで、一人がけの椅子に遼淵が、長椅子に明珠と英翔が並んで座る。
さすが蚕家の当主の部屋というべきか、綿入りの絹で布張りがされた椅子は、今まで明珠が座ったことのない座り心地だった。
座った瞬間、お尻が思った以上に深く沈んで、体勢を崩しそうになる。
「この水晶玉を麗珠がねえ……。少なくとも、ワタシは今日まで、この水晶玉の存在を、麗珠から知らされたことはなかったよ。まあ、麗珠が出奔した後に、手に入れた可能性もあるしね。どういった経緯で麗珠がこれを手に入れたのか……。少し、調べてみる必要がありそうだ」
今にも頬ずりしそうなうっとりとした表情で、水晶玉を見つめ、撫でまわしていた遼淵が、やにわに「で?」と顔を上げる。
「水晶玉が解呪に関係してるって、どういうワケだい?」
「それ、は……」
英翔とのやりとりを思い出した途端、かあっ、と頬が熱くなる。
代わりに答えてくれたのは、またもや英翔だ。英翔は、これまで元の姿に戻った経緯を、簡潔に説明していく。
内容が、くちづけのことに及ぶと、明珠はもう、うつむいてただただ身を縮めるしかなかった。
解呪のためと頭ではわかっているものの、いつどうやってくちづけしたかなんて話を、他の人に説明されては、心穏やかではいられない。
「いやー、興味深い話だねっ♪」
目を輝かせ、この上なく真剣な顔で説明を聞いていた遼淵が、うんうんと頷く。
「愛しの君の推測は、合っていると思うよ。この水晶玉に《龍》の気が宿っているのは、間違いない。常人に、この力を引き出すのは不可能だけど……、明珠の解呪の特性が、それを可能にしているんだろう。どうやら、明珠の解呪の特性は、麗珠譲りらしいね♪」
明珠に視線を向けた遼淵が、にっこり微笑む。
「さっき、道端で急に蟲の気配が消えたけど、あれは、キミの影響だったんだね!」
悪気無くばらした遼淵の言葉に、英翔の柳眉がぴくりと動く。
あわてて明珠は長椅子の上に正座し、深々と土下座した。
「すみませんっ! 刺客を捕らえるのを失敗したのは、全部、私のせいなんです!」
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