29 隠された正体ですか!? その2
「…………は?」
部屋の空気が固まる。
ややあって。
「……つくなら、もっとましな嘘をつけ」
明珠から顔を離した英翔が、呆れた声を出す。
「くちづけが嫌なら、嫌だとはっきり言われた方が、よほどましだ」
「嘘じゃありません! 本当に……」
言うつもりのなかった秘密を明かしてしまった事態におののきながら、言い返す。
英翔は、駄々をこねる子どもを前にした時のような表情で、ちらりと季白に視線を向けた。
「……季白。明珠がわたしの腹違いの妹である可能性は?」
「大海の水一滴ほどもありませんね。皆無です」
無表情の季白が、冷ややかに即答する。
「だ、そうだ。お前が妹など……。ありえん」
明珠から視線をそらした英翔の声は苦い。
英翔と季白が、何を根拠に断言するのか、明珠にはまったくわからない。だが、納得できるはずがない。
「そんなことありません! だって、私がここにいるじゃないですか! 私と英翔様は兄妹で……」
「何を勘違いしているのかは知らんが、そんな事態はありえん。……わたしに流れる父の血は、完全に管理されているからな」
「管理!? じゃあ、私の母さんが嘘をついていたとでもおっしゃるんですか!? 私の実の父さんは、蚕遼淵様で――」
「待て! 今なんと!?」
英翔が素早く反応する。
「お前の父親は、蚕遼淵なのか!?」
「は、はい……」
英翔の勢いに気圧されて頷く。
「遼淵に娘がいると聞いた覚えはないが」
「……御当主様は、何もご存じないと思います。私を身ごもってすぐ、母は蚕家を出たそうですから……」
「――では、やはりお前とわたしは兄妹ではないな」
静かに言い切られた言葉に、目を見開く。
「なっ……、どうしてですか!?」
「わたしの父親は蚕遼淵ではない」
「……え?」
きっぱりと告げられた言葉に、理解がおいつかない。
「英翔様のお父様は御当主様じゃない? で、でも……。英翔様は、蚕家の跡取り争いでお命を狙われているんじゃ……」
呆然と呟くと、英翔が困ったように苦笑する。
「命を狙われているのは確かだが、蚕家とは、一切、関係がない。わたしに蚕家の血は一滴も流れていないのだからな」
というか、と英翔が形良い眉をしかめる。
「これほどくちづけを避けていたのは、兄妹だからという理由だけか?」
「そうですよ! 兄妹でなんて、
「ではもう、何の問題もないわけだ」
英翔が再び距離を詰めてくる。
「待ってください! 兄妹じゃないなんて……。じゃあ、英翔様がお召しになっている蚕家の紋入りの護り絹はいったい何ですか!? それに、英翔様のお父様は、いったい何者なんです!?」
英翔が自分を
それに……。兄妹であることは否定するくせに、なぜ、英翔はひたすらに自分の父親を隠そうとするのだろう。
明珠の詰問に、英翔がほんのわずかに表情をこわばらせる。
黒曜石の瞳に一瞬よぎったためらいを、明珠は見逃さなかった。
かっ、と怒りが胸を
「――つまり、英翔様にとって、私は何一つ明かすに値しない人間ってことなんですね」
出た声は、自分でも驚くほどひび割れていた。
「違う! 明――」
伸ばされた英翔の手を、振り払う。
ぱんっ、と乾いた音が鳴る。
傷ついたように眉を寄せた英翔に、胸がずきりと痛む。だが、それを塗りつぶす怒りの方が大きい。
思わず右手を振り上げ――季白に手首を握られる。遠慮容赦のない力に、思わず呻き声が出た。
「もう我慢なりません! 不敬な行動の数々、目に余ります! しかも、玉体に手を上げようとは、万死に値します! 本来ならば、同じ空気を吸うことすら
「季白!」
英翔の制止の声を振り切り、季白が告げる。
「この御方は、
「
「…………へ?」
季白の声は耳に入った――だが、内容が頭へ届かない。
いま、季白は、なんと?
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