29 隠された正体ですか!? その1
床板の木目がよく見える。
毎日、
でないと、明珠の隣で同じように土下座している季白と張宇に申し訳ない。
「思いがけなく明珠の解呪の能力が発動してしまい、刺客を取り逃したと? なるほど、経緯はわかった」
床にひれ伏す季白からの報告を、椅子に座って聞いていた英翔が、冷ややかな声で告げる。
椅子から下り、床に立った英翔の軽い足音に、三人は一様に身をすくめ、額を床にこすりつけんばかりに
英翔の自室は、まるで氷室に変わったかのようだ。
冷え冷えとした威圧感に、三人とも、顔が上げられない。
口を開くことすらできず、報告を季白と張宇任せにしていた明珠は、ただただ
「――で?」
真冬の寒風よりも凍てついた英翔の声。
ちらりと視線を上げた先に、英翔が履く靴の爪先が見える。
英翔が立っているのは、三人の真ん中で土下座する季白の前だ。
「季白。お前はまだ、わたしに報告することがあるだろう?」
隣の季白が身を硬くする気配を感じる。
だが、季白は顔を伏せたまま、何も語らない。
「――っ!」
英翔の右の爪先が視界から消えた。
かと思うと、がっ、と固い音がする。
「どこまでわたしを
「え、英翔様!? 違うんです、あれは私のせいで刺客を捕まえそこなったので……っ」
思わず身を起こし、英翔に伸ばした手を、乱暴に振り払われる。
指先がじんと痛む。
「お前は余計な口出しをするな! わたしは季白に聞いている!」
明珠を見もせず放たれた怒声に、身がすくむ。
激しい怒りを宿した黒曜石の瞳は、季白を見据えたままだ。
「答えろ季白! このままわたしに叩っ斬られたいか!?」
「英翔様! 落ち着いてください! もう少し聞き方ってものがありますでしょう!? こんな乱暴に……」
「黙りなさい小娘。あなたに庇ってもらう気など、全くありません」
英翔を見つめ返した目には、悲愴なほどの忠誠心があふれていた。
「英翔様はこの小娘に惑わされておいでです! よくお考え下さい。英翔様が毒蟲を盛られた際、スープをついだのも味見をしたのも、小娘だったではありませんか! 今回のこともです! この小娘さえ、余計なことをしなければ、刺客を捕らえられたものを……っ!」
握り締められた季白の拳が、怒りに震える。
「わたしは確信しました。この小娘は敵に間違いありませんっ!」
「お前は……っ! 明珠を試すために、囮にして危険な目に遭わせたのか!? もし
「それこそが、何かの罠やもしれませんっ!」
「ちょっ、ちょっと待ってください!」
聞き逃せない単語を耳にして、
「い、今、遼淵って……? それってまさか……」
「通りすがりに御助力くださったのは、遼淵殿だよ、蚕家当主の」
張宇が小さな声で教えてくれる。
「え……ええぇ――っ‼」
部屋を震わせるほど大音量を放った明珠に、思わずといった態で、英翔と季白が口をつぐむ。
「あの方が御当主様!? え……っ? だ、だって、どう見ても張宇さんや季白さんと同じか少し上くらいで……えぇ――!?」
ちらりと見ただけだが、子どものように笑う遼淵は、どうひいき目に見ても、明珠や英翔、清陣の父親には見えない。
若い。若すぎる。
「明珠……。遼淵殿は非常にお若く見えるが……。実際は、御年四十一歳だ……」
なぜだか申し訳なさそうな顔で、張宇がそっと告げる。
「えぇ――っ!」
(じゃあ、あれ……。ううん、あの方が、私の実のお父様……!?)
想像していた父親像とのあまりの落差に、再び叫び声が出る。
「遼淵などどうでもよい!」
「明珠が禁呪を解く唯一の手がかりであるという事実は揺るがん! 明珠に手を出すことは、わたしに刃を向けることと知れっ!」
英翔の小さな手が顎をつかむ。明珠は身をよじって逃げようとした。
が、英翔の手は、少年とは思えないほど強い。
「英翔様! なぜその小娘を庇われるのですか!? その者は敵です!」
「違います! 私は決して英翔様の敵では……っ!」
「厚顔もはなはだしい! 何の根拠があってそう言うのです!?」
「それ、は……、ちょっと英翔様!? お待ちください!」
「そうです! 小娘からお離れください!」
「今、元の姿に戻る必要なんてありませんよね!?」
「少年では、お前達にいいように隠し事をされるとわかったからな。元の姿になれば、そうそう
三人でもみ合いになる。
「きゃ……っ」
英翔の足を踏んづけそうになり、よけようとして体勢を崩す。掴んでいた明珠もろとも体勢を崩した英翔を季白が支えようとするが、英翔が季白の手を振り払う。
しりもちをついた明珠の視界に、英翔の整った
「あの……っ」
上げようとした手を、英翔に捕まれる。
「次に主に許可なく
「っ!」
減給の二文字に思わず息が詰まる。が。
「だめです! ほんとにだめなんです‼」
必死で英翔を押し返す。
だめだ。押し負けそうだ。
「無駄な抵抗はよせ」
「だめですっ、いけませんっ! だって――私と英翔様は、
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