28 無事に帰ることはできません!? その6


 強い風が吹き、こずえが鳴る。


「明珠っ!」

 頭上から降ってきた声に、明珠より早く反応したのは季白だ。


「英翔様!?」


 驚愕の声を上げて振り仰いだ季白の顔に、影がかかる。


 かと思うと、頭上に止まった巨大な蟲から、英翔が身を躍らせていた。


「明珠! 怪我はっ!?」

「え、英翔様っ!?」


 軽やかに着地し、飛びついてきた英翔の身体を、何とか受け止める。


「無事かっ!? どこか怪我はっ!?」


 明珠に迫る英翔の顔は蒼白だ。肩をつかんだ小さな手が、血の気を失って震えている。


「だ、大丈夫です! 何ともありません!」


 英翔にかけてしまった心労の大きさを思って、申し訳なくなる。

 と、秀麗な面輪おもわ激昂げっこうに彩られる。


「馬鹿者っ! おとりを買って出るなど、なんと無茶なことをするっ!? 剣も使えぬ、蟲もろくにべぬ女の身で! 無謀すぎるっ!」


 この上なく怒り狂った声に、思わず身がすくむ。


「すみま――」


 突然、抱きつかれた衝撃に、言葉が途切れる。


 少年の重さと勢いを受け止めかね、無様にしりもちをつく。が、英翔は離れない。


「愚か者っ! 道の血だまりを見た時、心臓が止まるかと思ったぞ!」


 震える声。


 それが、怒りのせいか、恐怖のせいか、明珠にはわからない。

 だが、自分の無茶が英翔の心を傷つけたのは、震える身体にふれただけでわかる。


「本当に、すみませんでした……。少しでも、英翔様のお役に立ちたかったんですけど……。私のせいで、失敗してしまいました……」


「っ! お前は……っ‼」


 息を飲んだ英翔が、言葉の代わりとばかりに、明珠の身体に回した腕に、力を込める。


 すがりつくような英翔は、順雪を思い出させた。

 母を亡くしてからしばらく、幼い順雪は、眠るときはいつも、明珠にすがりついて眠ったものだ。


「ほんとに、すみませんでした。ご心配をおかけして……」


 安心させようと、英翔の背中に手を回し、優しく撫でる。と。


「そうだな。悪いと思っているなら、まず、説明からしてもらおうか」


 顔を上げた英翔の厳しい眼差しに射抜かれる。


「お前達もだぞ」


 季白と張宇を振り返った表情は、抑えつけられた怒りが垣間見えて、我知らず肝が冷える。


 形良い唇を歪め、いっそ楽しげに英翔が告げる。


「わたしに何の相談もなく、こんな無茶をしでかしたんだ。それなりの叱責を受ける覚悟は、とうにできているんだろうな?」

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