28 無事に帰ることはできません!? その4


「えっ? あの……?」


 突然のことに、頭がついていかない。


 季白の切れ長の目に浮かぶ苛烈かれつな怒りに、己が犯した大失態を思い出す。


「す、すみませんっ! まさか、盾蟲まで消えてしまうとは思っていなくて……っ」


「下手な演技は結構です」

 冷ややかに、季白が吐き捨てる。


 いつもの叱責しっせきが春のそよ風のように感じるほどの、冷たく、温度のない声。


 先ほど、刺客の殺気を受けた時のように、寒気が背筋を震わせる。いや、それ以上の威圧感だ。


 ゆっくりと、季白が口を開く。


「先ほどの襲撃では、不審な点がありました」


「不審な、点……?」


 明珠には、季白が何を言いたいのかわからない。

 季白は明珠に剣を突きつけたまま、口を開く。


「一つ目、なぜ刺客は剣で襲ってきたのか」


 刺客が剣で襲ってきて、何が不思議なのだろう。季白は言葉を続ける。


「わたし達を殺すつもりなら、あのまま姿をさらさずに弓と刀翅蟲で攻撃だけを繰り返せばよかった。なぜそれをしなかったのか?」


 季白は、明珠の答えを待たずに続ける。


「答えは、選別して確実にわたしだけを殺したかったからです。弓などが誤って当たって殺してはいけませんから」


 季白は空いている方の左手で指を二本立てる。


「二つ目、なぜあなたは一度も刺客達に狙われていないのか」


 季白に指摘されて初めて、明珠は自分が狙われていなかったことに気がついた。


 襲われている時は、現状を把握するのに精いっぱいで、気がつく暇などなかったが、季白に指摘されると、確かに変だと思い至る。


「あの場でわたしを殺すなら、足手まといであるあなたを狙えばよかった。そうすればわたしはあなたを庇う必要ができ、途端に行動を制限されていたでしょう。ですが、あなたの方から刺客達に蟲を使って攻撃しているにもかかわらず、反撃されていない。これは、刺客達が、あなたは攻撃するなと命令されているからに違いありません」


 季白が明珠と視線を合わせ、断言する。


「以上の二点から、あなたは刺客の一員です」


「ち、ちが……」


 否定したいのに、気迫に呑まれて、うまく言葉が出てこない。


「さあ、あなたの企みを吐きなさい。何を企んでいるのですか?」


 張宇に、同じことを問われた時を思い出す。


 あの時と同じく、返答次第ではすぐさま叩っ斬られそうだ。


 季白が右手に握る剣の刃は、刺客の血で紅に濡れている。

 鬼気迫る季白の表情は、今にも刃を突き立てられるのではないかと、危惧きぐするほど、危うい。


「英翔様の解呪も、何か術を使っているのでしょう? あなたの存在が特別だなどと……わたしは、決して認めません」


 季白の声は、苦い声で吐き捨てるように告げる。


「ち、ちがいます。私は、決して……」


 全身が震える。かたかたと鳴る歯を苦労してこらえ、何とか言葉を紡ぐ。


 が、季白の表情は変わらない。まるで、品物でも見定めるように、冷ややかに明珠を見つめ返すだけだ。


「ここまで来ても、嘘をつき続けますか。往生際の悪い」


 季白の切れ長の瞳に、苛立ちが混じる。


「あなたが解呪に必要だから手出しされないとでも、高をくくっているのですか?」


 明珠を見据え、冷徹に季白がわらう。


「百歩譲ってあなたが解呪に必要というなら……。余計なことができぬよう、手足を切り落として飼い殺しにしてあげますよ」


 いっそにこやかなほどの季白の声。


 襟首を掴まれ持ち上げられる。頬にふれそうなほど近く迫る、血に濡れた刃。


「さあ、あなたの正体は何者なのです。首を斬られる前に、答えなさい?」

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