27 内緒のおつかいです! その4


 蚕家から一番近い村までは、馬で四半刻(約三十分)ほどだった。


 馬で乗りつける者など珍しいのだろう。村に入った途端、いっせいに村人の視線が集中し、明珠は居心地の悪い思いを味わう。


 村の中心部と思われる広場まで来ると、季白は馬の歩みを止めた。


「ひとまず、無事に着きましたね。先に、用事を済ませてしまいましょう。さ、お手をどうぞ」


 先にひらりと馬から下りた季白が、うやうやしい手つきで明珠が下りるのを手伝ってくれる。


 明珠に対するふだんの態度との落差が激しすぎて、嫌でも今の役割を意識する。


「ありがとうございます」

 礼を言い、季白の手を取って馬から下りる。


 初めての乗馬は楽しかったが、やはり緊張していたらしい。固い地面に下りると、ほっとする。


 固い地面に立っているはずなのに、視界がゆらゆら揺れているようだ。平衡感覚がおかしくなっているらしい。

 それほど長く乗っていたわけではないが、少しお尻が痛い。


 馬の手綱を引いた季白が、広場を囲むように建っている店を品定めするようにぐるりと見回す。


 季白にならって見回した明珠は、一軒の店の軒先に、見知った顔の少年を見つけた。


 珍しい来訪者をまじまじと見つめていた少年が、深くかぶった頭巾の奥に気づいて。すっとんきょうな声を上げる。


「あっ! 梅酢漬うめずづけのねえ――もがっ」


 明珠は少年に駆け寄ると、とっさに片手で口をふさぐ。


「大声で叫んじゃだめっ! 梅酢は禁句なの!」

「……なんで? っていうか、なんで男の格好してんの?」


 口から手を放すと、少年がきょとんと首をかしげる。


「い、いろいろあって……」


 今、明珠が着ているのは藍色に染められた地味な男物の服だ。季白の腰にも、ふだんは下げていない剣が下がっている。


「その少年は?」


 季白の声に、振り返って説明する。


「あの、蚕家に来た日に、たまたま牛車に乗せてもらって、知り合った子で……」


楚林そりんって言います。この姉ちゃん、もう蚕家をクビになったの?」


 あけすけに聞いてくる楚林にあわてる。


「いや、クビになったわけじゃなくて……」

「この村への案内についてきてもらったんですよ」


 割って入ったのは季白だ。


「わたしは、明日から蚕家の離邸に滞在させていただく術師の従者でして。滞在期間中の食料を配達してくれる店がないか尋ねたところ、彼女が近くに村があると教えてくれたのでね」


 さらさらと嘘を並べ立てた季白に、楚林は疑う様子もなく頷く。


「ふーん。そんなら、うちで引き受けようか? うちの野菜は新鮮だし、鶏も飼ってるから、卵や、頼まれれば鶏肉だって用意できるし」


 明珠が黙っている横で、季白と楚林、途中からは店から出てきた父親も加わって、手早く交渉がまとまっていく。


 どうやら、蚕家の離邸に滞在する術師が、この村で食料を調達していく事態は珍しくないらしい。

 順雪よりも年下なのに、楚林は手慣れた様子で父親を手助けしている。


 交渉がまとまったところで、明珠が今日の夕飯の食材を見つくろう。乾物はたくさんあるが、新鮮な野菜があるなら、ぜひ使いたい。


 代金を払い、買った山東菜や絹さや、ふきなどが入った袋を、鞍の後ろに結わえつけた季白が、明珠が馬にまたがるのに手を貸してくれる。


「では、明日から頼みますよ」

 楚林と父親に告げ、季白が馬首を返す。


「よかったですね。無事に食材の手配ができて」


 村を出たところで、季白に小声で言う。


 しっかり者の楚林は、順雪を思い出させた。

 もし、順雪がここにいたら、今、明珠がしていることを止めていただろうか。


「ぼうっとしていられませんよ。無事、離邸に着くまで、気を抜かないように」


 明珠の心の内を読んだかのように、季白の注意が飛んでくる。


 季白の腰の帯には、鈴が一つ付いている。

 馬に揺られているにも関わらず、鈴はりんともちりんとも鳴らない。昨日、英翔が《感気蟲》を宿らせた鈴だ。


(この鈴が鳴ったら……)


 鳴ってほしいような、できれば鳴ってほしくないような複雑な気持ちを隠して、明珠はこくりと頷いた。

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