26 恋人なんているんですか? その1
朝食の後。洗い物や片づけを張宇と手分けして手早く終わらせた明珠は、朝食の席で英翔に言われた通り、書庫の一つに向かった。
入室の許可を得て入ると、部屋の中央、本棚に囲まれた卓に向かい合わせに座って、蟲語の書物を読んでいた英翔と季白が、顔を上げる。
英翔が口を開くより早く。
「英翔様! く、くくくくく……」
ダメだ。思い切り
「落ち着け、明珠」
英翔が苦笑する。
が、最初の勢いが肝心だ。明珠は拳を握りしめて、昨日から考えていたことを提案する。
「と、とにかく! 元のお姿に戻る、別の方法も探してみましょう!」
「なぜだ?」
問い返した英翔の目には、からかうような光が浮かんでいる。
「言っておくが、恥ずかしいというのは理由として許可せんぞ?」
「も、もちろんわかってます! 恥ずかしいのもありますけど、でも、それだけじゃありません!」
言いくるめられてなるものかと、英翔を見つめ返し、昨晩、必死で考えた説明を
「英翔様は、禁呪を解くには、私の力が必要だとおっしゃいましたけど……。でも結局、私一人の力では解けませんでしたよね? 英翔様に必要なのは、私の力ではなく、この水晶玉ではないかと思うんです」
明珠は着物の合わせから守り袋を引っ張り出すと、水晶玉を丁寧に取り出し、手のひらに載せる。
「英翔様も、この水晶玉には、何かの力が秘められているとおっしゃっていましたし……。私も、この水晶玉を握ると、力が流れ込んでくる気がするんです」
「確かに、その水晶玉は気になっている」
英翔は、明珠の言葉に同意の頷きを返す。
「ですから、今日はこの水晶玉で戻れないか、試してみませんか?」
「ふむ」と考え込む英翔に、ここぞとばかりに押す。
「それに、英翔様もおっしゃっていたじゃないですか。いろいろな方法を試した方がよい、と」
「そうだな。確かに、この水晶玉を調べることは、解呪への
明珠に歩み寄った英翔が、水晶玉に手を伸ばす。
英翔の指先が、水晶玉にふれた途端。
「っ!?」
書庫にいた三人ともが息を飲む。
「……水晶にふれるだけで、元の姿に戻れるのか……?」
青年姿の英翔が驚きにかすれた声で呟く。
まるで、ふれれば消える淡雪を扱うように、英翔が明珠の手のひらから水晶玉を持ち上げる。と。
英翔が、少年の姿に変わる。
「……」
英翔が小さな手の中の水晶を握りしめ、祈るように目を閉じる。扇のように長いまつげが、薄く影を落とす。
しばし、そのまま念じ。
「……戻らんな」
呟いた英翔が、水晶を持った右手とは逆の左手を明珠に差し出す。
「明珠。わたしの左手をとってみろ」
「は、はいっ」
両手で、自分の手より小さい、少年英翔の手を握る。
どうか、元の姿に戻るようにと念じながら。だが。
「無理か……」
誰ともなく、三人それぞれの口から、溜息が洩れる。
「季白。お前が水晶を受け取って明珠へ返せ」
「かしこまりました」
英翔の意図を素早く汲んだ季白が席を立って、水晶を丁寧に受け取る。
「明珠。水晶を右手に握って、左手を出せ」
いったん、明珠の手をほどいた季白が指示を出す。
頷いて、季白から水晶を受け取る。
英翔が握りしめていたからか、水晶玉をほの温かく感じる。五年間、ずっと身につけていたからか、離すとなんとなく不安になる。
英翔の指示通り、右手で水晶を持ち、左手を差し出す。
指先がふれあった――かと思うと、温かな大きな手に、左手を包まれた。
「……つまり、英翔様がお一人で水晶玉を持っておられても、元のお姿に戻れないが、水晶を持った明珠にふれている間は、元のお姿に戻る、と?」
「そうらしいな」
泥団子を口に突っ込まれたような渋面で告げた季白の推論に、英翔が頷く。
青年の秀麗な面輪に、いたずらっぽい笑みがひらめいたかと思うと。
「きゃっ!?」
突然、左手を引かれ、たたらを踏む。
次の瞬間、英翔の力強い腕に横抱きにされていた。
「ということは、こうして、常に明珠を抱き寄せていればいいのだな?」
「何を馬鹿なことをおっしゃっているんですかっ!?」
即座に反論したのは季白だ。
「そんなお荷物を抱えて、公務を
荷物扱いに心が傷つく。
が、季白が言うことは正論だ。
「そうですよ! っていうか、抱き上げる必要がどこにあるんですか!? 下ろしてください!」
恥ずかしさと居心地の悪さに、足をばたつかせて抵抗するが、英翔の力強い腕は、まったくゆるまない。
「手を握るよりも、このようにふれあう面が大きい方が、効果があるのではないか?」
と、本気か冗談かわからぬことを、大真面目な顔で言う。
「そうかもしれませんけど! でも、これは――あっ」
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