25 従者たちの密談 その2


「村へ買いに行く提案は、明珠から出たのでしょう?」


 冷ややかな声に、思わず呆れまじりの吐息がこぼれる。


「お前まだ、明珠を疑っているのか?」


 季白の執念深さには恐れ入る。

 張宇の中で、明珠はほとんどシロだ。


 父親に多額の借金があるらしいが、明珠には驚くほど暗い影がない。元気で明るい性格には、張宇も今日、癒されたばかりだ。英翔が気に入るのも、わかる気がする。


(それにしては、気に入りすぎな気もするが……。季白が懸念しているのも、そこなのか?)


 季白が苛立たしげに張宇を睨みつける。


「まさか、あなたまであの小娘に懐柔かいじゅうされたのではないでしょうね!? 小娘をつけあがらせるのは、英翔様お一人で十分です!」


「つけあがらせるって……。明珠はつけあがってなんていないと思うが?」


 張宇の言葉に、季白の視線の鋭さが増す。


「昼食を思い出しなさい! 《毒蟲》が仕込まれていたのは、明珠が毒見をし、給仕したわんです! あれを疑わずに、何を疑うと!?」


「しかしなあ……。《毒蟲》だと、俺でも気づけていたか怪しいぞ」


 一応、明珠を擁護したが、無駄だった。季白の眼差しが鬼火のように燃える。


「わたしのかんが、あの娘はどこか怪しいと、びしびしと訴えているんです!」


「……お前の勘か……」


 溜息をつくと、頭の後ろに手をやり、がしがしとく。


 ふだんの張宇は、勘など滅多に信じないが、季白の勘だけは別だ。


 こと英翔に関する事柄に限り、季白の勘はやたらと当たる。主人に対して一途すぎる忠誠心が、人智を超えた力を引き出しているのかもしれない。


 思えば半月前、刺客に襲われた時に、蟲を飛ばして警戒していた英翔よりも早く、刺客に気づいたのも季白だった。


 その季白の勘が、明珠を怪しいと睨んでいるのだ。これは、張宇がどれほど言葉を尽くしても、説得は不可能だ。


「季白、お前の勘だが、その……英翔様が、ことのほか明珠を気に入っているからという理由じゃないだろうな?」


 尋ねた瞬間、季白の切れ長の目に、怒りの炎が燃え盛る。

 ぎりっ、と奥歯を噛みしめた音が、張宇にまで届いた。


「わたしがそんな理由で勘を鈍らせると!? そうではありません! わたしの苛立ちはひとえに、あの小娘が、どれほどの栄誉に浴しているか理解していないせいです! あの慮外者りょがいものが……っ!」


「それは、明珠のとがではないだろう? 英翔様が明珠に『あの事』をお伝えしていないからだ」


 溜め息まじりに告げると、再び、きつい眼差しで睨まれた。


 もともと細かく、あれこれと口うるさい性格だが、英翔への襲撃があってからというもの、輪をかけて神経質になっている。英翔に対する忠誠心と責任感の現れともいえるが。


「とにかく! 英翔様やあなたが、いくら小娘を庇おうと、わたしは自分自身の目で見極めて、大丈夫だという確信が得られるまで、警戒を解きませんからね!」


 憤然と言い切った季白に「で?」と続きをうながす。


「具体的には、何をしでかす気なんだ?」


「しでかすとは人聞きの悪い。わたしはただ、あの小娘の正体を見極めたいだけですよ。それに、動くにはいい頃合いでしょう。敵は、毒蟲を仕掛けられて、こちらが動揺していると思っているでしょうからね」


 どちらが悪人かわからない、含みのある笑みを浮かべた季白に、嫌な予感を覚える。


「おい。お前まさか、明珠を危険な目に遭わせるつもりじゃないだろうな?」


 問うた声は、自分でも驚くほど低かった。


「正体がどうであれ、明珠は禁呪を解く唯一の――」


 明珠が来た初日、十日ぶりに本来の英翔を見た時の感情が胸をよぎる。


 己が主と認めたただ一人の御方。彼の大願を叶えるために、この身はあるのだから。


「もちろん承知していますよ。むざむざと失う気はありません。ですが――人間、追い詰められた時ほど、本性が出るものでしょう?」


 いっそ楽しげなほどにこやかな、季白の笑み。


 説得を諦め、椅子の背にもたれながら、それでも張宇は言わずにはいられなかった。


「下手したら、英翔様に叩っ斬られるぞ、お前」


「本望ですよ」

 間髪入れずに季白が即答する。


「英翔様のためならば、この身など、惜しくもありません」


「っは――!」


 天井を仰いで、盛大に吐息する。


 手段はともかく、張宇も季白も、英翔のために尽くしたいという想いだけは、一致しているのだ。


 張宇は季白に視線を戻すと、諦めとともに告げる。


「お前のことだ。どうせ、英翔様に膾斬なますぎりにされても仕方がないような計画なんだろう? 俺に片棒を担がせるつもりなら、話せ。色々つっこんでやる。俺まで、英翔様に叩っ斬られるのは、ごめんだからな」

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