23 袋の中身は何ですか? その3
水晶玉を託されたのは、母が亡くなる前日だった。
一日中、
確か、母はその時――、
「うわごとのようにかすれた声で、よく聞き取れませんでしたけど、母はおそらく、「返したいけれども、返すことは叶わないから……」と言っていたと思います」
「返す? この水晶玉は、あなたの母上の物ではないのですか?」
「す、すみません。その後、すぐにまた意識を失ってしまって。結局、聞けずじまいで……」
季白の厳しい声に、身を縮めてかぶりを振る。
「手がかりは、なしか……。明珠、母の名は?」
「
英翔の問いに反射的に答え、しまったと思う。
母から辿っていけば、やがて、母が昔、蚕家に所属する術師であったことがわかるだろう。
(ううん。母さんが蚕家に所属していたからといって、すぐに私の出自がわかるわけじゃない……)
「大切な形見を見せてくれて感謝する。ひとまず返す」
英翔が差し出した水晶玉を両手で受け取る。
水晶玉にふれているだけで、温かな力が流れ込んでくるような気がする。人肌のようなぬくもりを感じるのは、ついさっきまで、英翔が握っていたからだろうか。
紐を通して首から下げている守り袋の中に、丁寧にしまう。
明珠にとって、この水晶玉は、母を思い出すよすがとなる大切な形見であって、不思議は珠だとは思っていたが、由来など、今まで考えたことがなかった。
術師の中には、呪が込められた物や、蟲を封じ込めた巻物などを持つ者もいる。そうした術関連の品物の一つだろうとしか思っていなかったのだが。
「
慰めるように英翔に告げた季白の言葉に驚く。
「えっ!? 今、御当主様はここにいらっしゃらないんですか!?」
思わず尋ねると、季白が「何を馬鹿なことを聞いているんですか」と言わんばかりの顔になる。
「当り前でしょう。『昇龍の儀』に参加せぬ宮廷術師が、どこにいるでのです? 遼淵殿がいなければ、儀式の進行すら危ういというのに」
季白の声はどこか
「そ、そうなんですか……。御当主様はご不在……」
(せっかく本邸に忍び込んだのに、会いたい人が二人ともいなかったなんて……。とんだ無駄足だったんだわ)
脱力のあまり、卓に突っ伏しそうになるが、いやいやと思い直す。
(清陣様には偶然お会いできたし、絹の弁償もしなくていいとわかったんだし、結果的にはよかったもの)
どんな時でも、悪い面だけに注目するのではなく、いい面を見つける努力をするのが明珠の主義だ。でなければ、借金まみれの毎日を元気になんて過ごせない。
「当主の不在がそんなに驚くことなのか?」
じっと明珠を見ていた英翔に問われ、「そのう」と頷く。
「初日に、
「当主に会いたいのか?」
無意識に、残念だと思う気持ちが出ていたのだろうか。英翔の問いに、あわてて言いつくろう。
「そりゃあ、蚕家の御当主様といえば、当代随一の術師と名高い方ですから。術師と名乗れない
「会って幻滅するのがオチだと思いますけどね」
「そう言うな。アレで優れた術師なのは確かなんだ。わたし達が明珠の憧れを打ち砕くこともあるまい」
季白と低い囁きを交わした英翔が、明珠を振り返ってあっさり。
「会えるぞ」
「へ?」
「『昇龍の儀』さえ終われば、当主はここへ戻ってくる。王都からここまではニ、三日の道のりだから、数日中には会えるだろう。お前の水晶玉を見せて、意見を聞く必要もあるしな」
思いがけない幸運に心が躍るが、あからさまに外に出したりしないよう、ぐっと抑え込む。
が、期待が膨らむのは抑えられない。
(やったっ、あと数日で実の父さんに会える……っ)
どんな人だろうか。蚕家の当主であり、英翔の父であり、何より、母が道ならぬ恋をしてまで、愛した人なのだ。きっと立派な人物に違いない。
「守り袋の中身は確認できましたが、正体がわからないのでは、遼淵殿を待つしかありませんね。書庫へ戻りましょう、英翔様。明珠、今日の夕飯は、少し早めにできますか?」
「あ、はい。すぐに作り始めます」
話を打ち切り、立ち上がった季白につられて、明珠も立ち上がる。
「張宇。風呂の支度も早めてほしいのですが」
「わかった。じゃあ、夕飯の支度は明珠と交代して、俺は風呂の準備をしてこよう」
張宇と交代し、明珠は夕食の支度にとりかかった。
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