23 袋の中身は何ですか? その2
「張宇さん。……いったい、英翔様はどんなご事情を抱えてらっしゃるんですか?」
毒蟲まで使って暗殺しようとするなど、ただごとではない。
ある意味、名門術師として名高い蚕家らしいともいえるが、蚕家の役目は、本来、禁呪を使って人を害そうとする術師を取り締まることだ。
その蚕家内部で、いったい何が起こっているのか。
明珠が事情を知らないばかりに、英翔の不利益になるような事態を引き起こすのは、真っ平御免だ。
「英翔様のご事情を、私にも教えていただけませんか?」
だが、返ってきたのは、申し訳なさそうな張宇の困り顔だった。
「すまんが……。余計なことを言わないよう、英翔様に口止めされているんだ」
「え……? どうしてですか?」
尋ね返しながら――心が痛みだす。
事情を教えてもらえないということは……それはつまり、まだ明珠が信用されていないか、明珠には事情を知らせる必要がないと英翔が判断したということだ。
「あっ、俺から話すのは禁じられているが、英翔様に直接たずねるのは、もちろんかまわないからな?」
あわてて張宇が言い足すが、ろくに耳に入らない。
(私に事情を話すのは「余計なこと」なの……? 余計って何? 私は英翔様の心配をしちゃいけないの? そりゃあ、私は来たばっかりの侍女にすぎないけど、でも……)
英翔が狙われている理由が、蚕家の跡取り問題であるのなら、英翔の敵はすなわち、明珠にとって腹違いの兄弟ということになる。
もし、蚕家に来た当日に告げられていたら、大いに困って、思い悩んだことだろう。英翔も他の兄弟も、どちらも明珠にとっては、半分、血のつながった異母兄弟だ。
まだ見もしない兄弟を敵だと定めるのは、困難だったに違いない。が。
今の明珠なら断言できる。
もし、蚕家の他の兄弟と英翔のどちらかを選べと言われたら、明珠は迷わず英翔を選ぶ。
侍女として仕えている主人が英翔だからというのも、もちろん理由の一つだが、それだけではなく――。
(私、英翔様のお役に立ちたい。もし、誰かが蚕家の次の当主になるのなら――自分の望みは自分の力で叶えてみせると言い切る、自分に人を助ける力があるのに、それをしないのは罪だと考える、英翔様の力になりたい)
「自分だけが助けられるとわかっているなら……。助けたいと思うのは、自然な気持ちではないかしら?」
憧れていた母と同じ言葉を、真っ直ぐな瞳で告げた英翔。
彼が蚕家の次期当主となれば、きっとその力を良い方向に使ってくれるに違いない。
だというのに。
(英翔様ったら、私は部外者だっていうの? 禁呪を解くのに必要だなんて言って、くく……あんなことをしておいて……)
「あ――っ‼」
「どうした!?」
突如、大声を上げた明珠に、張宇が仰天する。
が、それどころではない。
両手で、口元を押さえる。思い返すだけで、恥ずかしさに身体が熱くなるようだ。
(びっくりしすぎて、思い至らなかったけれど……っ)
兄妹でくちづけをするなんて、どう考えても人倫にもとる行為だ。
そもそも、明珠の倫理観から言えば、夫婦でも恋人同士でもない男女がくちづけを交わすなんて、破廉恥すぎてありえない行為だ。
ただ、明珠なりに、自分が同年代の少女達より、恋愛事に関していくぶん
順雪の世話と家事と労働に手いっぱいで、同年代の少女と恋の話で浮かれている余裕などなかったし、正直に告白すると、明珠にとって、恋愛とは、「よくわからないコワイもの」だ。
明珠の憧れであり師でもあった母。
その母が生涯で唯一、犯した過ちが、妻子ある男性との恋だったのだから。
臆病者とそしられてもいい。母を狂わせた恋なんてもの、これっぽちも知りたいとは思わない。
明珠の意志はともかく。
(兄妹でなんて、万が一にでも人に知られたら、まずいに決まってる……。英翔様は、私が妹だなんて知らないんだもの。私だけが非難されるのなら、まだいい。もし、私のせいで英翔様が不利な事態に陥ったら……)
「おいっ、とんでもない悲鳴が聞こえたぞ? 何かあったのか?」
「ひゃあぁぁぁっ! え、英翔様!?」
突然、台所の入り口に季白を従えた青年英翔が現れて、思わずすっとんきょうな声が出る。
青年の英翔の姿を見た途端、心臓が暴れ出す。恥ずかしさに顔が熱くなるのが、自分でもわかる。
「ど、どうなさったんですか? おなかでも空きましたか?」
「……わたしの顔を見るとすぐ腹が空いたのかと尋ねるのはなんなんだ? そんなにいつも腹が空いているように見えるのか、わたしは?」
英翔が秀麗な顔をしかめ、呆れた様子で呟く。明珠は恐縮してかぶりを振った。
「すみません。順雪と暮らしていた時のくせで、なんとなく……」
「いや、別に責める気はない。明珠、お前に用があって来たんだ。守り袋の中身が何か知りたくてな」
「守り袋、ですか……?」
英翔が守り袋の中身を気にするのは、当然だろう。
ちらりと張宇に視線を向けると、心得顔で、
「夕食の材料を切るくらいなら俺がしておくから、明珠は英翔様のお相手を頼む」
と促される。
先日、英翔が料理をするのを眺めていた卓に、英翔と季白が並んで座り、明珠は二人に相対する形で腰かける。
最初に口を開いたのは英翔だ。
「禁呪を解くためには、その守り袋が必要なようだが……。その中には、いったい何が入っている?」
問われて、無意識に服の上から守り袋を握りしめる。
「この守り袋の中に入っているのは、母の形見です」
「母? 術師だったという?」
「そうです。母からは、決して他人に見せてはいけないと、受け継ぐときに固く戒められたのですが……」
ためらいの言葉に素早く反応したのは季白だ。不快げに眉をひそめた季白に、あわてて言い足す。
「もちろん、英翔様達にはお見せします。禁呪を解くためであれば、解呪を専門としていた母が、見せるのを反対するはずがありません」
紐を持って、着物の合わせから守り袋を引っ張り出す。
丁寧な手つきで中身を手のひらに載せ、英翔と季白に差し出すと、二人が同時に息を飲んだ。
「これは……。何だいったい?」
英翔が、かすれた声で呟く。
明珠が手のひらに載せたのは、赤子の小指ほどの直径の水晶玉だった。だが、ただの水晶玉ではない。
水晶玉の中に白い――ただの白というには
まるで、
「さわってもよいか?」
「はい、もちろんです」
青年英翔の長い指が、そっと水晶を持ち上げる。
目の上に持ち上げ、光を透かして、ためつすがめつし、握ったり、手のひらの上で転がしたりして、観察する。まなざしは真剣そのものだ。
「季白。お前は、このような水晶について見聞きした記憶があるか?」
明珠が見守る中、長い観察を終えた英翔が、季白に問う。
「申し訳ございません。わたくしの知識を総動員しても、これが何かはわかりかねます。蚕家の文献の中にも、これに該当するような品物の記録はございませんでした」
英翔の長い指が水晶玉を握り込む。
「わたしもだ。これに何か大きな力が秘められているらしいのは、うっすらと感じるんだが……。まるで、どこか懐かしさすら覚えるような」
低く呟いた英翔が、黒曜石の瞳で明珠を
「明珠。お前の母は、どのような手段でこの水晶玉を手に入れたんだ?」
射抜くような視線に背筋が伸びる。が、すぐにうなだれ、申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら、首を横に振る。
「すみません。私が物心ついた時には、すでに母は水晶玉を持っていたので、入手した
英翔の手のひらの水晶玉を見つめ、震えそうになる声を抑えて続ける。
「私が母から水晶玉を譲り受けたのは、今わの際でした。母は私に、決してこの水晶を人目にふれさせぬよう、一生、
「誰か、水晶玉の由来を知る者はいないのか? 父親とか……」
英翔の言葉にかぶりを振る。
「いいえ。父は、水晶玉の存在すら、知らないと思います。もし知っていたら、こんな価値のありそうなもの、すぐに売られて借金の返済にあてられていたでしょうから」
話すうちに、病床の母から水晶玉を託された時のやりとりを思い出す。
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