21 特別手当は要りません!? その4


「……おい。完全に明珠がへそを曲げてしまったぞ。どう責任を取る気だ?」


 逃げ出した明珠の足音が聞こえなくなってから。


 じとっ、と英翔が季白と張宇をにらむと、二人は長身を縮めるようにして、深々と詫びた。


「申し訳ございません、英翔様。御身を案じるあまり、差し出がましいことをいたしました」


「申し訳ありませんでした。その……明珠を、どうしましょうか?」


 心配そうに問うた張宇の肩を軽く叩く。


「さっきので、お前もついに明珠に破廉恥はれんちよばわりされたな」


「……なんで、そんなに嬉しそうなんですか……?」

「いや、仲間が増えて嬉しいだけだ」


 にこやかに笑ってうそぶく。


「ああ、明珠を怒らせたことについては、さほど気にするな。さっきは、急に迫りすぎてしまったしな」


 先ほどの明珠の反応を思い返すと、にやつきが抑えられない。


 なんだあの初々ういういしい反応は。

 すればするほど、こちらのからかいたい気持ちが抑えられなくなるのを、本人は気づいているのか。


(……気づいていないな、あれは)


 だからこそ、そばで見ていて飽きないのだが。


「英翔様、その……」

 張宇が気遣きづかわしげな声を出す。


「……明珠には、禁呪のことしか話されないのですか?」


 張宇の問いに、「ああ」と即答する。


「ただでさえ、混乱させているんだ。これ以上の情報は、明珠には重荷にしかならないだろう。今も逃げられたばかりなのだ。……これ以上、避けられては困る」


「……かしこまりました」


 固い表情で頷いた張宇に、引っかかるものを感じて問い返す。


「何か、気になることでもあるのか?」


「あ、いえ……。今後、明珠に英翔様のことを聞かれた時に、どこまで話してよいものかと思いまして……」


「お前の口からは、余計なことは一切、らすな」


 告げた声の厳しさに、自分自身で驚く。


(さっき明珠に逃げられて動揺しているのか? このわたしが?)


 自問をすぐさま否定する。


(いや。わたしの正体を知ることで、明珠に思わぬ危険が及ぶ可能性もある。知らせない方が安全だ)


 ようやく見つけた解呪の手がかりなのだ。絶対に逃すわけにはいかない。


「わたしは明珠を追う。が、お前達、絶対についてくるなよ?」


 釘を刺すと、季白が不承不承、頷く。


「英翔様が元のお姿を取り戻すためです。仕方がありません……。が! くれぐれも油断なさらないでくださいよ!?」


 対照的に、心配そうに頷いたのは張宇だ。


「その……余計なお世話かもしれませんが、あまり明珠を泣かさないでくださいね?」


 いつも穏やかで、とりわけ女性や子どもには優しい張宇らしい。

 いつもなら軽く頷くはずなのに、明珠の保護者のような物言いに、やけに苛立いらだつ。


「わざと泣かせたわけではない。気をつけもする。……が、あいつ次第だ」


「え、英翔様っ!?」

 張宇のうろたえる声を無視し、背を向ける。


(さて。明珠はどこか。台所あたりか……?)


 足にまとわりつく長い衣がうっとうしい。片手でからげ、引きずらないようにして歩きながら、無意識にもう片方の指先で、唇にふれる。


 思わず我を失いそうになった甘い酔い。まだほのかに余韻よいんが残るそれを。


(震えて、いたな……)


 泣かせたいわけではない。張宇に告げた言葉は真実だ。


 だが、それ以上に。


(必ず、元に戻ってみせる。このまま、大人しく殺されてやるなど、真っ平だ。たとえ、戻るために明珠を泣かせることになろうとも……)


 胸中に揺れる迷いを振り切るように、英翔は決然と階段を降り始めた。

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