21 特別手当は要りません!? その3


 本当は明珠より年上だが、見た目は明らかに年下の英翔に、こんな気をつかわれるなんて、変な気分だ。というか。


(英翔様って、明らかに慣れてらっしゃるわよね? 私より……)


 明珠と比べたら、その辺の早熟な子どもの方が勝ちそうな気もするが。


(いやっ、今はそんなことより……)


 胸の奥に、何だかもやっと湧き上がった不快感を、脇へ押しやる。今はそれどころではない。


 目を閉じ、端然たんぜんと座って待つ英翔をちらりと見る。


 女の子のように整った、可愛らしい顔立ち。ついさっきまで、その笑顔にいやされていたのに。


(……だめだ。心臓が爆発しそう……)


「まだか?」

「も、もうちょっと! もうちょっと待ってください……っ!」


 目を閉じ、何度も深呼吸する。


(そうよ。英翔様だと思うから緊張するんだわ。目の前にいるのは順雪、可愛い、いとしい、いい子の順雪……)


 心の中で何度も呟き、自分を暗示にかけようとする。


(順雪だったら緊張しない。大丈夫。ちょっと一瞬、ち、ちちちち、ちゅっ、て……)


「あーだめやっぱり無理です――っ‼」


 ほとんど泣きそうになりながら叫んだ瞬間。

 扉をばあん! と開け放たれ、気を失いそうになるほど驚愕する。


「さっきから聞いていれば何をぐずぐずと……っ‼」

「季白。それ言ったら駄目な台詞……」


「小娘! くちづけだろうと何だろうと、さっさと英翔様のお望みを叶えなさいっ‼」

「きっ、季白さんに張宇さん!? なっ、なんで……っ!?」


「あー……」

 張宇が申し訳なさそうに頭に手をやる。


「その、止めたんだが、な。力及ばず……。本当にすまん!」


 深々と頭を下げた張宇の後頭部を見た途端、明珠の中で何かがキレた。


「つまり、扉の外で盗み聞きしてたんですね……っ」


 わなわな。握りしめた拳の震えが止まらない。


「いや、その……」

「盗み聞きが何だと言うんです!? 己の職務も果たさぬ小娘に――」


「ちょっと待て季白。盗み聞きを開き直るのは、人としてちょっとどうかと……」


「黙りなさい張宇! 一度この小娘にはがつんと言っておかねば! 英翔様のおそばにはべられることが、どれほどの栄誉か――」


「最っ低ですっ‼」


 ゆらりっ、と拳を握りしめて立ち上がり、明珠は怒りに任せて腹の底から声を出す。


「三人ともひどいですっ! 破廉恥はれんちですっ‼ いったい、乙女の唇を何だと思ってるんですか――っ‼」


 季白と張宇を突き飛ばし、後ろも振り返らず、扉の外へと走り出す。

 どこへ行きたいかなんて、自分でもわからない。


 ただ、ここではないどこかへ、だ。

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