20 降ってきた手がかりですか? その2


「お前も、うすうす気づいているかとは思うが――。わたしには、禁呪きんじゅがかかっている」


「っ‼」


 禁呪。その響きに、背中にひやりと冷たいものが走る。


 禁呪とは、人を害することに特化した術だ。


 当然ながら、使用は固く禁じられており、使用したことがわかれば、術者にも依頼人にも、厳しい刑罰が下る。


 しかし、人の欲に限りはない。禁呪の取り締まりは常に行われているものの、根絶されたことは一度もなかった。


 術師が一般の人々から敬われつつも恐れられている理由の一つでもある。いつ、見えない力で自分を害するかわからぬ相手に、心を許せるわけがない。


「で、でもっ、大人が子どもになるなんて、そんな禁呪、聞いたことも見たこともありません!」


 当然ながら、明珠に禁呪を使った経験はない。


 だが、毒を知らなければ解毒ができないように、禁呪を知らなければ、解呪はおろか、身を守ることすら危うい。禁呪の中には、それほど強い呪も含まれているのだ。


 そのため、母から禁呪についての知識だけは授けられている。


 その知識を総ざらいしても、幻術で外見だけを変えるならともかく、身体まで大人から子どもに変えてしまう術など、欠片も出てこない。


 もし本当にそんなことが可能なら、花の盛りを過ぎた世の女性達が、こぞって禁呪に手を出しているだろう。


 だが、現に英翔が目の前にいる。


 明珠の言葉に、英翔は困ったように苦笑した。


「わたしも、このような呪は初めてだ。が……おそらく、これは本来の呪の形ではあるまい。半月前、刺客はわたしを殺す気だったからな」


「半月前って……。あっ、ここへ来た日に聞いた覚えがあります! 確か、賊が出たとか。それって……」


 賊など、下町でつつましく暮らしていた明珠には、人の噂か、物語の中でしか聞くことのない言葉だ。


 英翔があっさり頷く。


「ああ。わたしを狙った刺客だ。相手の禁呪と、抵抗したわたしの術が混じりあい、このように、想像もしない形で発現した」


 淡々と告げる英翔の声は、まるで他人について語っているかのようだ。


「何とか呪を解く方法を見つけられないかと、離邸の様々な文献に当たり……だが、何一つ手がかりを得られないでいたところに現れたのが、明珠。お前だ」


「へっ!? 私ですか!?」


 まさか自分の名が出るとは予想しておらず、すっとんきょうな声が出る。


「そうだ。お前が神木からわたしの上に落ちてきて、元の姿に戻った。……あの時のわたしの驚愕きょうがくを、お前は知らぬだろうな」


 英翔がおかしそうに喉を鳴らす。


 だが、きもをつぶしたのは明珠だって同じだ。

 まさか、これから仕える主人にのしかかった上に、高価な着物を汚してしまうなど、誰が想像できただろう。


「で、でも、どうして英翔様が本当は青年のお姿だと教えてくださらなかったんですか!? それなら、年下だと思って、失礼な態度をとったりなんて……」


「馬鹿ですか、あなたは」


 季白に冷たい声で一刀両断され、言い返すのも忘れて口をつぐむ。


「命を狙われて、わけのわからぬ呪をかけられたところに、突然、素性もわからぬ小娘が飛び込んできたのですよ? これが罠でなくて何だというのです?」


「そんな! 私が英翔様のお命を狙うなんて……っ。そんなこと、決してありません!」


 あらぬ疑いに必死で抗弁すると、英翔が困ったような、申し訳なさそうな表情で明珠を見る。


「悪かった。もちろん、お前が刺客でないことはわかっている。だが、これまで手がかりすらなかった呪が、お前にふれていた間だけ、いきなり解けたんだ。お前の正体がわからず、扱いかねてしまったわたし達の気持ちも察してほしい」


「それは、そうでしょうけど……」


「しかも、本人は呪を解いた自覚すらなくて、解き方もわからないときたものだ。そばにおいておくしかないだろう」


「あ……」

 明珠は唇をみしめる。


 今、わかった。わかってしまった。


 英翔が人懐ひとなつっこく明珠にかまってきたのは、新しい侍女が珍しいからでも、ましてや腹違いの姉妹だと本能的に気づいたからでも何でもなくて……。


(禁呪を解くためだったんだ。禁呪を解く手がかりが私にしかないから、それで……)


 抱きついてきたのも。今朝の真剣なお願いも。


「明珠!」


 対面に座っていた英翔が、突然席を立つ。あまりの勢いに椅子が倒れたが、英翔の耳には届いていないようだ。


 驚いて視線で追うと、英翔は卓を回り込み、明珠の椅子の隣に膝をつく。


「英翔様!?」

「どうなさいました!?」


 季白と張宇の狼狽うろたえる声を無視し、英翔が明珠の手を両手で握る。

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