20 降ってきた手がかりですか? その1


「張宇さんは、英翔様にどんな呪がかけられていたのか、ご存知なんですか?」


 張宇が台所から持ってきた屑籠くずかごに、二人で手分けして料理を放り込みながら尋ねる。


 できるだけ、料理には視線を向けないように気をつける。料理を見てしまったら、もったいなさと、料理を駄目にした犯人への怒りで、手が止まりそうになる。


「俺は術に関してはまったくの素人だからな。英翔様にどんな術がかけられたのかは、まったくわからん」


 手際よく皿を空にしながら、張宇が嘆息する。


「俺も蟲語が読めたら、もっと英翔様のお役に立てるんだが……」


「あっ、英翔様達が離邸で調べ物をなさっているのって……。英翔様にかけられた呪を解くためだったんですね?」


 それなら、毎日、英翔と季白が書庫にこもっているのもわかる。だが……。


(蚕家の子息に呪いがかけられたのなら、ふつう、蚕家総出で解呪しようとするんじゃないのかしら? そもそも、天下の蚕家にたてつこうとするなんて、無謀な真似をする術師がいるなんて……)


「明珠?」

「あっ、すみません」


 張宇に呼びかけられ、手が止まっていたのに気づく。


「気になるのはわかるが、片づけが終わったら、英翔様が事情を話してくださるさ」

 明珠の心を読んだように張宇が微笑む。


「はい。あっ、何か食べる物も用意した方がいいでしょうか? 結局、お昼ご飯をろくに食べられていませんし。朝の残り物なんかでよかったら、すぐに用意できます」


「そうだな。長い話になるかもしれんしな。ここは俺が片づけておくから、明珠は軽食の方を頼めるか?」


「はい!」

 料理を捨てるより作る方が精神衛生上もいい。明珠は元気良く頷くと台所に走った。


 ◇ ◇ ◇


「すみません、遅くなりました」


 張宇と並んで、英翔の部屋に入る。何やら難しい顔で話し込んでいた英翔と季白が振り返る。


(見目がいい方って……。ほんと、何を見ていても様になるんだわ……)


 すらりとした長身の青年英翔に思わず見惚れて、盆を傾けそうになり、明珠はあわてて盆を持ち直す。


 英翔が今着ているのは、張宇の着物だ。


 穏やかな張宇の性格を反映しているのか、張宇の着物は地味な色合いが多い。

 英翔がまとっているのは灰色がかった濃い緑の着物だが、地味な分、英翔の秀麗な顔立ちを際立たせている気がする。


「あの、軽くつまめるものを作ってきたんですけど、いかがですか?」

「気がくな。助かる。腹が空いたと思っていたところだ」


 英翔が顔をほころばせる。明珠はいそいそと盆に載せた皿と茶器を並べて支度する。


「これは?」


 明珠が卓に置いた皿を見て、英翔が怪訝けげんな顔をする。


「すみません、急いでいたので、小麦粉で作った皮に、豚の角煮とか、魚の揚げたのとか、残り物をはさんだだけの庶民料理なんですけど……。下町では、よく屋台なんかで売っているんですよ?」


「そうなのか。どれ」

 一つ手にとり、かじった英翔が破顔する。


「うん、うまい。やはり料理は明珠が作ったものに限るな。……どうした?」

「えっ、いえ、何でもないです……」


 英翔の顔をじっと見つめてしまった明珠はあわててかぶりを振る。が、英翔はごまかされてくれない。


「調子が万全ではないのか? もしまだ、毒蟲の影響が残っているなら――」


 ぐい、と引き寄せられ、秀麗な顔が近づいてきて、あわてて後ろへ飛びすさる。


「だっ、大丈夫です! ただ、そんなに喜んでいただけるなら、お小さい英翔様の可愛い笑顔を見たかったなあ、とか、ちょっと考えただけで……っ」


 告げた途端、英翔の顔が不機嫌にゆがむ。


「何だそれは。今のわたしより、幼い英翔の方がよいと?」


「違いますよ! お小さい英翔様は、とてもお可愛らしかったと……。あのっ、めているのに、どうしてどんどん不機嫌になっていかれるんですか!?」


 眉を寄せた英翔の眉間のしわが、どんどん深くなっていく。


「……英翔様。今はねている場合ではございませんでしょう? 明珠に説明をしてやるのでは?」


 苦笑した張宇が、間に割って入る。


「そうだったな。皆、席につけ」


 長方形の卓の一辺ごとに置かれた椅子に座る。ひとまず皆、無言で軽食をつまみ、一息ついたところで。


「明珠」

「はいっ!」


 英翔に名を呼ばれ、ぴんと背筋を伸ばす。

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