18 あなたのためなら、もう一度 その2


「明――」

「英翔様!」


 張宇を見送り、振り向いた英翔と声がかぶる。


「「あ……」」

 お互いに言い淀み、明珠は一礼して英翔に先を譲った。


「すみません。英翔様からどうぞ」

「いや。わたしに言いたいことがあるのだろう? なら、明珠から言ってくれ」


 英翔に言われ、無意識に手を伸ばし、英翔の袖を引く。


 英翔と視線が合う。どことははっきり言えないが、英翔の表情は、いつもより、いくぶん固い。


 まるで、怒りを押し込めているかのような――。


「英翔様、おなか空いてるんですか?」

「は?」


 何を言っているんだと言わんばかりのあきれ声に、(外れたー!)と肩を落とす。

 自分だったら、機嫌が悪い時は、たいていおなかが空いている時なのだが。


「いえ、張宇さんに急いでお昼ご飯を取りに行かせたので、てっきりおなかが空いて不機嫌なのかと……。ああいえ、言いたいのはそうじゃなくて……」


 どうやら、寝起きでまだ頭が回っていないらしい。

 かぶりを振って、英翔の腕にかけた手に、力をこめる。


「もう一度、『頼み事』を、してみましょう」


「っ!?」

 英翔が驚きに目を見開く。同時に、手を振り払われた。


「馬鹿をいうな!」


 一言のもとに切り捨てる英翔に食い下がる。


「だって私、英翔様の『頼み事』を達成できていないんでしょう? いったいどんな意味があるのかはわかりませんけど、わたしが失敗したのはわかってます! それなら、もう一度――」


「もう一度!? もう一度、お前をつらい目に遭わせろと!?」


 英翔の黒曜石の瞳に怒りが宿る。


「次は大丈夫かもしれないじゃないですか! 気持ち悪いのにも慣れてくるかもしれませんし! それに、英翔様のためなら私、何度だって――」


「お前はっ!」


 ひび割れた怒声に、思わず残りの言葉を飲みこむ。


「お前はわたしに、謝罪の言葉すら言わせてくれんのか!? どこまでお人好ひとよしなんだ、お前はっ!」


 今度は、明珠が目を丸くする番だった。


「謝罪って……。英翔様は悪くないじゃないですか」


「いや」

 英翔が苦い声できっぱりと首を横に振る。


「わたしのとがだ。わたしは……お前が体調を悪くする可能性があると知った上で、お前に頼みごとをした」


「何でもしますと請け負ったのは、私です! 英翔様は悪くありません! それに、『頼み事』は英翔様の望む結果にならなかったのでしょう!? それなら、もう一度……」


「叶うかどうかも知れぬ自分の望みのために、お前を犠牲にしろと? お前こそ、なぜそこまでわたしに尽くそうとする?」


「それ、は……」


 あなたの腹違いの姉だからです。と思わず言いかけて、口をつぐむ。


 単なる侍女の調子を崩させただけで、申し訳なく思っている英翔なのだ。もし姉だと知れば、どんなに自分を責めるだろう。絶対に、明かすことはできない。


 代わりに、別のことを口にする。

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