16(幕間)灯火の陰で


 豪華な調度品の数々は、ほのかな灯火ともしびの陰に沈んでいた。


 灯籠の中の光蟲がはばたくたび陰影を変えるそれらは、うずくまって獲物を狙う獣のようにも見える。


「……をはいしてさえくだされば、助力は惜しまぬ、と申されております」


 部屋の中央に置かれた卓。

 部屋の主の対面に座る黒衣の男が、懐から布袋を取り出す。


 大きく開けた口からのぞいたのは、色とりどりの宝石類だ。

 光蟲の光を反射して、宝石が虹色のきらめきを放つ。庶民であれば、この宝石一つで二年は余裕で暮らせるだろう。


 が、部屋の主に心動かされた様子はない。


 富など、とうに見飽きている。

 欲しいものは、富や財貨ではなく、もっと別のものだ。

 それさえ手に入れば、富など後からいくらでもついてくる。


「たったこれだけの宝石で、大罪を犯せと?」


 軽蔑けいべつを隠さず告げると、黒衣の男は、「滅相めっそうもございません」とかぶりを振った。


「こちらは単なるご挨拶の品でございます。どうぞ、ご笑納ください」

 部屋の主は苛立ちを心中に押しとどめる。


 金で動く輩だと相手に思われるのは、見下されているようで不快だ。

 だが、助力の申し出は、喉から手が出るほど、ほしい。


 当代一の術師と褒めそやされ、皇帝に仕える宮廷術師として、術師の頂点に君臨する蚕遼淵さんりょうえんを追い落とすためには、味方はいくらいても足りない。


 宝石に手を伸ばし、無造作にいくつか掴みあげる。


「見事な輝きだ。この輝きに目が眩んで、道を誤る者も、出るかもしれんな」

 言外げんがい受諾じゅだくを伝える。


「……そういえば、かの方は、何とも珍しい事態に陥られているとか? 本人を目の当たりにはしておらぬが」

 水を向けると、男は重々しく頷く。


「あれは想定外でございました。抵抗しようとかけた呪が、思いがけない作用をもたらしたのでしょうが……」


 男は嘲りを口元にひらめかせる。


「ですが、術も使えぬ童子など、恐れるに足りません。現に、巣にこもっておびえて出てこぬではありませんか。どうとでも料理できるというもの」


 黒衣の男が帯の間から、栓が施されたごく小さな壺を取り出す。


「名高い蚕家の方にお見せするのは、お恥ずかしい限りではございますが……」

 言葉とは裏腹に、強い自負をのぞかせて、男が告げる。


 そっと栓を外して壺の中をのぞきこみ、得心する。

 壺の中にいたのは、赤子の小指ほどの、小さな芋虫状の黒い蟲。


 だが、その小さな身の中に、どれほど高濃度の呪が凝縮されているのか。

 呪に慣れ親しんでいてさえ、かすかな怖気おぞけを感じるほどだ。


「術を使えぬ身にこれを入れられては……ひとたまりもなかろうな」


 離邸には、術師は一人もいない。従者達があわてて本邸に助けを求めに来たとしても、間に合うまい。


 毒蟲を相手が用意してくれたのは、ありがたい。


 万が一、死体から毒蟲が出てきても、疑いをらすことができる。おそらく、相手も毒蟲を仕込むくらいの協力なら得られると踏んで、用意してきたのだろう。


「だが、先日から、新しい侍女が離邸で料理を作るようになったと聞いている。『昇龍の祭り』の時には、本邸から祝い膳を運ぶらしいが……。確実に目当ての者の口に入るかわからんぞ? おそらく、毒見もしているだろう」


「ご心配、いたみいります。ですが、方法はこれ一つではございませんので。いくらでもやりようはあります。従者の口に入ったのなら、それはそれ。少しずつ、手足をもいでいってやればいいのです」


 酷薄こくはくな笑みを見せる男に、表情を変えずに告げる。


「では、新しく雇った者のうち、何人刺客がまぎれこんでいるかは、聞かぬほうがよさそうだな」

 卓の上の壺を、男へと押し返す。


 自分が厨房ちゅうぼうなどに顔を出せば、かえて余計な詮索せんさくを受けるだけだろう。


 男も異論はないのか、大人しく壺を帯の間にしまい直す。


 練り上げた呪をこめた毒蟲を見せて、己の実力を示して信頼を得たかったのか、それとも、単なる実力自慢か。


(後者なら、早めに手をきることも視野に入れねばな)


 冷徹に、算段する。

 その脳裏を、ふとよぎったのは。


「……そういえば、新しい侍女の一人が、離邸付きになったな。あれは、何か細工したのか?」


 男がゆっくりかぶりを振る。


「離邸付きとなったのは偶然です。僥倖ぎょうこうでございました。ですが、あの娘には、いずれ大役をになってもらうことになるでしょう」


 唇を歪め、嫌な笑みを見せた男に、「そうか」と軽い頷きだけを返す。


 花のような笑顔の、他愛ない娘。

 かすかに心の琴線をふるわせる理由を、思い出せないまま。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る