15 術を使えるのは秘密です! その5


「英翔様、どうかなさったんですか?」


 尋ねると、黒曜石の瞳に真っ直ぐ見つめ返される。


「明珠。お前は気づいていないようだが……。おそらく、お前には解呪かいじゅの特性がある」


「解呪、ですか?」


「ああ。蟲を召喚しょうかんする力よりも、あちら側にかえす力の方が強いんだ。だから、お前の母は「ふつうの術師の才はない」と言ったのだろう」


「はあ……」


 急に、解呪と言われてもぴんとこない。

 あいまいに頷くと、英翔が呆れたように吐息した。


「先ほど、お前は苦も無く灯籠の光蟲を還したが……。ふつう、召喚された蟲は、召喚した術師以外には、なかなか還せぬものなのだぞ? 蟲の強さや、術師の力量差にもよるが」


「えっ、そうなんですか?」


 何度も見た経験のある、母の仕事ぶりを思い出す。


「母さんは、いつも、簡単に術を解いてましたけど……?」


「お前のその特性は母親譲りかもしれんな。解呪の特性は非常に珍しい。わたしも二人ほど話に聞いただけしか知らん」


「あのぅ、何かの間違いじゃ……?」

 自分にそんな珍しい力があるとは、とても思えない。


「そうだな、確かめる必要はある。すぐに……」

 寝台から下りようとした英翔をあわてて止める。


「だめですよ! さっき《癒蟲》を呼んだばかりなんですから! まだしばらくは安静にしていてください!」


「必要な物があれば、ご用意しますから、せめて、今日一日はご安静に!」

 季白にも諭され、英翔は不満そうに元の姿勢に戻る。


「……そうだな。仕方あるまい。ところで明珠。ここへ来た日、御神木から落ちた時にも、もしかして、術を使っていたか?」


「う……っ」


 嘘をついたところを突かれて、言葉に詰まる。

 三人の視線の圧力に負けて、明珠は身を縮めて頭を下げた。


「すみません。実は、《板蟲ばんちゅう》を呼び出して、塀を乗り越えました……」


「なぜ嘘を!?」

 季白に詰め寄られ、剣幕に身をすくめる。


「すみません! その、術師といえるほどの力もないのに、術を使えると言ってもいいものかと迷って……。昔、母に、力もないのに術師と誤解されるようなことはしないよう、固くいましめられたので……。あっ、でも、木登りが得意なのは嘘じゃないです! ほんとです!」


「ぷっ。あのへっぴり腰でか」

 珍しく英翔が吹き出す。


「き、今日はたまたま調子が悪かっただけです! いつもなら、もっとちゃんと……っ」


「問題はそこではないでしょう! そもそも、木登りする侍女など、言語道断です!」


「すみません……」


 季白に一喝され、明珠は物差しでぶたれたように、しょぼんと肩を落とす。と、ぽんぽんと、慰めるように英翔に頭を軽く叩かれた。


「お前が笑わせてくれたおかげで、少し冷静になった。そうだな。むやみにあれこれ試して、取り返しのつかない失敗をしては元も子もない。今、癒蟲まで解呪されてしまっては困るからな。お前達の言う通り、今日一日は、安静にしていよう」


「英翔様! あなたは明珠に甘すぎます! 怪我の責任や、嘘をついていた罰を、きっちりとらせなければ、ますます増長しますよ!」


「ば、罰!? それって、減給とか、そういう……!?」


 食事抜きや追加の労働ならいいが、減給だけはやめてほしい。びくびくして季白を見上げると、英翔が「ふむ」と呟いた。


「そうだな。では罰として、明珠は一日、わたしのそばで世話を――」


「させるわけありませんでしょうがっ‼」


 腕を掴んだ季白に、乱暴に寝台から引きはがされる。よろめいた身体を、肩を掴んで支えてくれたのは張宇だ。


「英翔様のお世話はわたくしがいたします! ええもう、つきっきりで誠心誠意させていただきますとも! 言っておきますが、明珠。あなたは英翔様と接触禁止です。何か用事がある時は、必ず、わたしか張宇を通すように!」


「おい季白、それは……」


「英翔様はお黙りください。少なくとも、英翔様の足が完全に治るまでは、わたくしの指示に従っていただきます!」


 憤然と告げた季白に、手でしっし、と追い払われ、明珠は素直に張宇とともに部屋を出た。

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