15 術を使えるのは秘密です! その4


「何っ!? 何ですかっ!? どこか変なところが!?」


 はじかれるように立ち上がった明珠に、英翔が苦笑する。


「心配するな。術が失敗したわけではない。ただ、少し気になるところがあったんだ」


「気になること、ですか? それはどういう……?」

「明珠。お前、蟲を呼び出すのはあまり得意じゃないだろう?」


「!?」

 自分の苦手をあっさり見抜かれて、思わず息を飲む。


「どうしてわかったんですかっ!?」


「見ればわかる。これまで、何人もの術師を見てきたからな。お前の蟲語に変ななまりや発音はなかった。にも関わらず、召喚された《癒蟲》の存在感が希薄だったのは、明珠の術師としての力が弱いか、あるいは……」


 後半は独り言のように呟いた英翔が、張宇に指示を出す。


「窓の外に、灯籠とうろうが吊ってあるだろう。持ってきてくれ」


「灯籠、ですか?」

 尋ね返しつつも、張宇はすぐさま、窓辺に吊り下げた灯籠を持ってくる。


 昨日、明珠と張宇が『昇龍の祭り』のために吊り下げた灯籠だ。

 英翔の部屋の窓辺には、もちろん、一番大きくて、一番飾りの豪華な灯籠を吊るしてある。


 急に動かされて驚いたのだろう、灯籠の中で光蟲こうちゅうがはばたき、しゃを通して色とりどりの光が散る。


「明珠。この光蟲の術を解いてみろ」


「ふえっ!?」

 突然、予想外のことを命じられ、奇声が出る。


「どうしてですか? 光蟲の召喚を解いてしまったら、灯籠の役目を果たさなくなりますよ?」


「そんなことは気にしなくていい。わたしの疑問を解くためだ」


 わけがわからないまま、差し出された灯籠を受け取る。

 英翔の命令では、侍女として従わないわけにはいかない。


 目を閉じて集中し、灯籠の中にいる光蟲にそっと話しかける。


「《大いなる彼の眷属よ。その輝きで闇を駆逐くちくするものよ。ありがとう、いるべき世界へお帰り》」


 告げた途端、灯籠の中から光が消える。光蟲が元の世界へかえったのだ。


「やはり……」

 明珠の様子を見ていた英翔が呟く。


「あの、英翔様。この灯籠は……」


「ああ、そんなもの卓にでも置いておけ。……明珠。母親が術師だと言っていたな。ということは、蟲招術の師匠も母親か?」


「はい」


「母親から……そうだな、お前の才能や、特性について話をされたことはあるか?」


「才能、ですか?」

 英翔が何を知りたいのかはわからない。だが、才能という言葉に、すぐにある記憶がよみがえる。


 忘れようにも忘れられない、母との会話だ。


「……昔……、まだ小さい頃に、母に言われたことがあります。私には、ふつうの術師になれる才はない。術師を目指すのは、やめた方がいい、と……」


 幼心に、将来は母のような立派な術師になりたいと憧れていた明珠にとって、母から「術師には向かない」と通告されたことは、衝撃以外の何物でもなかった。

 告げられた日には、一晩中、布団の中で涙を流したものだ。


 母が亡くなり、父の借金が明らかになった時、術師の力を使って稼ぐことも考えなかったといえば、嘘になる。


 術師の力は、希少なだけに、金になる。だが、明珠が心酔していた母が「向かない」と断言したのだ。


 実際、明珠は蟲を召喚するのが下手くそだ。

 きっと、その内、とんでもない事故でも起こしてしまうだろうと自らをいましめて、よほどの時でなければ術を使わないように、また、術を使えると周りには知らせないようにしてきた。


 英翔があごに手を当て、低く呟く。


「『ふつうの術師にはなれない』か……。どこまで気づいていたのやら……。いや待て。小さい頃に、母に言われたと言ったな? ということは、「才はない」と言いながら、母はお前に蟲語の知識や、術の使い方を教えたのか?」


 英翔が勢いよく顔を上げる。勢いにのまれて、明珠はこくこく頷いた。


「そうです。術師になれるだけの才はないけれども、若干でも蟲を見たり、召喚したりする力があるなら、将来、自分の身を守るためにも、知識は持っていた方がいいと……」


 術師になれないのは哀しかったが、母が明珠の身を案じてくれているのは明らかだったし、蟲の不思議な世界を母に教えてもらうのは楽しかった。

 役立てる機会はほとんどないけれども、母から教育を受けた時間が無駄だったとは、まったく思っていない。


「そうか。才はないと告げた娘に、わざわざ知識を、な」

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