15 術を使えるのは秘密です! その2


 真正面から視線に射抜かれ、言葉に詰まる。英翔の黒曜石の瞳は、偽りを許さぬ厳しさをたたえていた。


 観念して、頷く。

「は……い。使え、ます……」


 季白と張宇が息を飲む。明珠はあわてて言い足した。


「で、でもっ、術師を名乗れるほどの腕はないんです! 母が術師だったので、ほんの少し、かじっただけで……っ」


「少しかじっただけで、『蟲語』が読めるか」

 しかし、英翔は明珠の言葉を即座に否定する。それどころか。


「季白、張宇。術師が見つかったぞ。これで、お前達の不毛な言い争いも終わるな」


「ちょっ、ちょっと待ってください、英翔様……」

 嫌な予感に怯える明珠に、英翔は一言。


「明珠。わたしの怪我を治せ」


「む、無理ですっ! できません!」


 ぶんぶんぶんぶんっ!

 必死に首を横に振る。


「《癒蟲ゆちゅう》なんて高度な蟲、私にはとても扱えません!」

 加勢したのは季白だ。


「無謀すぎます! こんな正体の知れぬ小娘に、御身の治療をさせるなど……!? 正気ですかっ!?」


「そうですよ! 治療なら、季白さんにしてもらってください!」

 言った途端、季白が言葉に詰まる。英翔が呆れたように吐息した。


「明珠。誤解しているようだから言っておくが、季白は術師ではないぞ」

 英翔の言葉に、きょとんと季白を見上げる。


「え、だって、英翔様と一緒に、蟲語で書かれた本を調べて……?」

「季白は蟲語が読めるだけだ。術師としての才能はない」


「ええ~~っ!?」


 思わず、素っ頓狂な声が出る。

 術師ではないのに、『蟲語』を読める人物に出会ったのは、生まれて初めてだ。


「季白はなかなか執念の男でな。わたしに仕えると決まった時に、死に物狂いで勉強して、蟲語を学んだそうだ」


「そ、それは、執念以外の何物でもないですね……」

 術を使うことができないのに、習得に何年もかかるような蟲語を。


 もともと、季白は英翔に対しては過保護すぎるきらいがあると思っていたが、季白の執念の一端を垣間見て、思わずつばを飲む。


「で、でも、季白さんが駄目なら、英翔様自身は……」


 そうだ。蚕家の子息である英翔が、術を使えぬはずがない。


 だが、返ってきたのは、背筋が寒くなるほど、冷ややかな笑みだった。


「わたしは今、事情があって術が使えぬ。使えていれば、このような……っ」

 英翔が握りしめた拳を己の足へ振り下ろす。


 激情を押さえつけた声に、明珠は、ふれてはいけない話題にふれてしまったのだと、本能的に悟る。


「すみませんっ。私が悪うございました! で、でも、それなら本邸のほうに……」


 本邸に行けば、《癒蟲》を使える術師など吐いて捨てるほどいるだろう。


「それで、敵かもしれぬ者に身を任せろと? 御免だな」


 英翔が、一言のもとに冷たく切り捨てる。


「それを言うなら、明珠も同じです! 明珠が英翔様を害さない保証がどこにあるのですか!?」


 季白の発言に引っかかるものを感じるが、今はかまってはいられない。

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