14 騒動の元はいつも御神木? その4


 裾をからげて、一心に駆けていく明珠の後姿を見送った張宇は、地面に座ったまま、そっぽを向いている主人に視線を移して、吐息した。


 英翔がこの上もなく不機嫌なのは、顔を見ずともわかる。


「推測は外れたようですね。……まったく、無茶をなさる。もっとひどい怪我の可能性もあったんですよ」


「虎穴に入らざれば虎子を得ずだ」

 そっぽを向いたまま、英翔が不機嫌に答える。張宇はつとめて穏やかに諭した。


「命あっての物種ものだねということわざもございます。今後は、確証もないのに無茶をなさいませんよう。季白が見たら、青筋を立てて怒りますよ?」


「はっ! 季白の叱責を恐れて、おとなしくなどしていられるか」

 英翔が吐き捨てる。


 予測通りにいかず、期待外れに終わった結果が、かなりの不満らしい。


 一刻も早く、手掛かりを掴みたいと焦る英翔の気持ちは、痛いほどわかる。

 だが、臣下として、主人の無謀をいさめないわけにはいかない。


「焦られるお気持ちはわかります。しかし、お怪我をなさっては、元も子もございません。特に今は――」


 刃のような英翔の視線に射抜かれて、張宇は口をつぐんだ。

 これ以上は英翔の逆鱗に触れると、本能的に察知する。


「申し訳ございません。言葉が過ぎました」


「いい。愚かな主を諫めるのは、忠臣の務めだ」

「ご冗談を。英翔様を愚かなどとは、決して思っておりません」


「……同じ状況を作れば、何か契機が掴めるかと思ったのだがな」

 小さな拳を握りしめ、英翔が悔しげに地面に振り下ろす。


「失敗してこのざまだ。いったい、何が条件なんだ……っ!?」


「英翔様。焦っては、かえって視野が狭くなってしまいます。まずは、足の治療に専念いたしましょう」


 「失礼します」と地面に片膝をつき、英翔に手を伸ばすと、邪険に手を叩かれた。


「……横抱きにしたら、あることないこと吹き込んで、季白に一日中、説教をさせるぞ」


 英翔の目は本気だ。張宇は苦笑してかぶりを振った。

「しませんよ。そんな、獅子の尾を踏むような真似は」


 手を貸して英翔を背負い、立ち上がる。背中の英翔が小さく声をもらした。


「すみません、どこか痛かったですか?」


「いや、違う。……子どもの視点から見る大人の背仲とは、これほど大きいものかと思ってな」


 吐息のような呟き。

 下手な慰めは逆効果だろうと、張宇は沈黙を保つ。


 と、不意に英翔の声が不機嫌に低くなる。


「というか! 明珠の奴、わたしを背負おうとしたのだぞ!? どこまで無自覚に心をえぐってくるんだ、あいつは!」


「ぶはっ! そ、それは……っ」


 思わず吹き出してしまい、張宇は英翔に遠慮のない力で後頭部を小突こづかれた。



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