14 騒動の元はいつも御神木? その3


 どっ、とまともに英翔の上に落下する。


「ぐっ!」


 明珠を受け止めようとして――子どもの身体では、明珠を受け止められるはずもなく。もろも地面に倒れる。


 「受け止める」の宣言通り、倒れてもなお、明珠の身体に回した腕を放さなかったのは立派だったが、明珠としては、放してくれた方がありがたかった。


 自分の身体の下で、押しつぶされた呻き声を上げられては、気が気じゃない。


「すみませんっ! 大丈夫ですかっ!?」


 のしかかった英翔の身体の上からがばりと飛びのき、怪我をしていないか確認する。

 もし、怪我をしていたら大事おおごとだ。


 季白に叱り飛ばされる懸念よりも、英翔を案じる気持ちの方が強かった。


「どこか痛いところはありませんかっ!?」


 尋ねると、足を伸ばして両手を地面につき、上半身を起こした英翔が、視線を落としたまま、ぶっきらぼうに答える。


「心だな」

「頭を打ったんですね!? すぐに季白さんか張宇さんを……っ」


「違う」

 立ち上がろうとした手を、英翔に掴まれる。が、舌打ちとともに、すぐに放された。


「英翔様?」

 明珠は立つのをやめて、座ったままの英翔のそばに屈み直す。


 なぜだろう。今の英翔は、いつもの英翔と、どこか違う気がする。

 まるで、やけになっているかのようだ。子どもが欲しいお菓子をもらえなかった時のような、ねた表情。


 たった数日のつきあいだが、こんな英翔は初めて見る。


「やっぱり、頭を打ったんですか?」

 頭に伸ばそうとした手を、掴まれる。


「……娘一人、受け止められんとはな」


 悔しげに呟かれて、思わず空いている手で、自分の手を掴む英翔の手を握り返す。


「当り前です! 何をおっしゃるんですか!」


 突然、大声を出された英翔が、驚きに目を見張る。かまわず明珠は続けた。


「英翔様のお年で、下女を身を挺して助けようとしてくださるなんて、そうそうできることではありません! 行動なさっただけでも、立派な行いです!」


 明珠の言葉を呆気にとられて聞いていた英翔の唇が、皮肉気に歪む。


「失敗してもか?」

「そうです! 少なくとも、私は英翔様のおかげで、怪我一つ負わずにすみましたっ!」


 ふんっ、と不機嫌に鼻を鳴らした英翔が、乱暴に明珠の手を振り払う。


「わたしはそれでは足りん」

 身を起こそうとした英翔が、痛みに呻く。


「どこかお怪我をっ!?」

「左足をひねっただけだ。大したことはない」


 秀麗な顔をしかめて無理矢理立ち上がろうとするのを、あわてて押しとどめる。


「いけません! 無理なさっては!」

 案の定、呻いて体勢を崩した英翔を、抱きつくようにして受け止める。


「離邸に戻られるのでしたら、私がお連れいたします。どうぞ、私の背に負ぶさってください」

 言った瞬間、英翔が思い切り顔をしかめる。


「これ以上、心をえぐるなっ! 張宇!」


 英翔が呼んだ途端、離邸の陰から、張宇が矢のように駆けてくる。


「張宇さん! 私が御神木から落ちて、庇ってくださった英翔様が、左足にお怪我を……っ」


 あわあわと説明する明珠を落ち着かせるように、張宇が優しく肩を叩いてくれる。


「うん、わかっているから。落ち着くといい。英翔様は俺がお連れするから、明珠は先に離邸に戻って、季白に怪我のことを伝えてくれ。それと、寝台の用意を」


 落ち着いている張宇にてきぱき指示を出されると、するべきことへの使命感で、焦りが消えていく。


「はいっ、わかりました!」

 明珠は大きく頷くと、身を翻して駆け出した。



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