14 騒動の元はいつも御神木? その1


 かあん、かあん! と、断続的に木剣が打ち合う固く乾いた音が響く。


 午後も回った頃、英翔は離邸の裏で、張宇と木剣で稽古けいこをしていた。


 少し動いただけで、すぐに息が上がる。

 子どもの身体には不釣り合いな、大きな木剣が重い。


 手加減されているにもかかわらず、重く鋭い張宇の一撃を受けるたび、腕にしびれが走る。


 思うように動かぬ脆弱ぜいじゃくな身体に、歯噛みする。


 すっかり息が上がっている英翔に対し、張宇はほとんど息が乱れていないのが、さらに腹立たしい。


 振り下ろされた張宇の一撃を受けそこね、木剣を取り落とす。地面に落ちた木剣が乾いた音を立てる。


「すみません!」

 あわてて走り寄る張宇を、怒りを隠さず睨みつける。


「謝るな。余計に腹立ちが募る」


「お手に怪我などは?」

 手を振って、異常がないか確かめる。どこも痛みはない。


「大丈夫だ。案ずるな」

 思わず、溜息がこぼれる。


「気晴らしにと思って、剣の稽古をしてみたが、この身体では苛立ちが募るばかりだな。思うように動かぬことに腹が立つ」


 木剣を拾って吐息すると、張宇が気遣うように眉を寄せる。


「それほど調べ物が進んでいないのですか?」


 蚕家に身を寄せるようになったここ半月の間、蚕家の膨大な資料に当たるのが精いっぱいで、剣にふれる暇すらなかった。

 ふれたと思えば、木剣に振り回されて、このていたらくだ。


 英翔は胸中の苛立ちを吐き出す。


「明珠のことがあってから、調べる資料を絞ってはいるのだがな。なんせ、建国と同時にできたとも言われる、皇家と同じだけの歴史を誇る蚕家だ。一筋縄ではいかん」


「申し訳ございません。俺もお役に立てればいいのですが……」

 悔しそうに肩を落とす張宇を慰める。


「気にするな。術師でもないのに、『蟲語』を読める季白が特殊なのだ。それに、お前には、別の役目があるだろう?」


 顔を上げた張宇に微笑みかける。


「お前に常にそばで守ってくれていると思うからこそ、このようにかよわい身になっても、いつものわたしでいられる。頼りにしているぞ」


「英翔様……っ」

 感極まって声を震わせる張宇に、木剣を渡す。


「少しは勘が取り戻せるかと、久々に木剣を握ってみたが……。この身では、万が一、襲われても、ろくな抵抗ができん。大人しく殺られる気など毛頭ないが、頼むぞ、張宇」


「はっ! 命に代えてもお守り申し上げます!」

 張宇が地面に片膝をつき、こうべを垂れる。


「わたしは調べ物に戻る。季白が気を揉んでいるだろうからな。張宇も、明珠の手伝いがあるのに、つきあわせて悪かったな」


「とんでもないことです。俺でお役に立てるのであれば、いつでもお呼びください。それに、明珠も高いところの掃除は一通り終わったので、今日は一人でも大丈夫だと言っていましたし」


 歩き出した英翔の一歩後ろを、張宇が従う。


「明珠、か……」

 口の中で名前を転がし、深く吐息する。


「何か、条件があるはずなんだ。だが、それが見つけられん。手をつないでも、抱きついても、明珠から抱きつかせても、駄目だった」


「……いろいろ試されているんですね」


 笑いの混じる張宇の声に、自分より頭二つは高いところにある顔を、きっ、と睨む。


「笑い事ではない。真剣に考えているんだぞ」

「失礼いたしました。しかし、明珠にふれても戻らないとなると……。他に、何か条件があるのでは?」


「その可能性はわたしも考えている。戻ったのは、明珠が神木から落ちたのを受け止めた時だが……」


「まさか、明珠にもう一度、神木から落ちるように命じるのですか?」


「……無理だとわかっているぞ? それに、明珠が怪我をするような真似はさせられん」

 言いつつ、離邸の角を曲がった英翔は、驚きに思わず足を止めた。


 驚愕に見開いた視線の先には。


「……登ってますね、神木に」

 明珠が、着物の裾をからげて、神木によじ登っていた。


 登る明珠の視線の先には、色鮮やかな布が、風に揺れてはためいている。

 おそらく、窓を開けて掃除をしていて、飛ばされてしまったのだろう。


「大丈夫ですかね? なんか、ふらついていますよ」

 駆けだそうとした張宇の腕を掴んで引きとめる。


「待て! これは滅多とない機会だ。わたしが行く。いいなっ、わたしがいいと言うまで、決して手を出すなよ!? わかったな!」


「あっ、英翔様!」

 張宇の返事も待たず、英翔は駆け出した。

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