13 あなたの願いは何ですか? その1


 昼食の支度や片づけ、夕食の仕込みなどをしていたため、灯籠の飾りつけは、結局、夕方までずれ込んでしまった。


「飾りつけは終わったようだな」


 明珠が離邸の玄関のひさしに、最後の灯籠を吊るしたところで、英翔が顔をのぞかせる。


「はい! 張宇さんに手伝っていただいたおかげで、何とか今日中に終わりました! 張宇さん、ありがとうございます」


 ぺこりと頭を下げると、張宇が穏やかに笑ってかぶりを振る。


「いや、明珠が頑張ったからだよ。数も多かったし、大変だったろう」

「大丈夫です! 私、力仕事はけっこう得意ですから!」


 力こぶを作って答えた明珠は、自分が吊り下げた灯籠をほれぼれと見上げる。


「それにしても、蚕家ってやっぱりすごいんですねえ。こんな見事な灯籠、見たことがないです!」


 繊細な透かし彫りの木枠に、色とりどりの薄布が張られた灯籠は、今まで明珠が見た中で、一番、精緻な造りだ。しかも、


蝋燭ろうそくの代わりに《光蟲こうちゅう》を中に入れているなんて! こんな綺麗な灯籠は、蚕家でしか見れませんね!」


 ふつうの灯籠は夜の間だけ蝋燭を灯すが、蚕家の灯籠は、光を放つ一寸ほどの小さな光蟲が入っている。


 中で光蟲が羽ばたくたび、薄布を通した光が揺れて、硝子の欠片のような色とりどりのきらめきが散る。


 そろそろ夕闇が迫る中、きらめく光の欠片を、うっとりと眺める。


 蟲を長く使役しようとすればするほど、術師には高度な技と力が求められるため、光蟲を使った明かりなど、滅多に見られない。

 本邸も含めれば、数百にも及ぼうかという灯籠に、何人かがりで術師が光蟲を入れたのかは知らないが、それだけ、蚕家の術師が優れているという証拠だろう。


「光蟲の灯籠なら、王城でも見ることができるぞ」

 英翔の言葉に、感心の声を上げる。


「そうなんですか、さすが王城ですね。こんな綺麗な灯籠に照らされた中、行われる『昇龍のお祭り』は、さぞ綺麗なんでしょうね……」


 美しい光景を夢想して、うっとりと呟いた明珠は、英翔が顔をしかめているのに気がついた。


「どうしたんですか? あっ、もしかして、お腹が空いて、夕食の催促にきてくださったんですか?」


「違う」


 あわてて台所へ向かおうとした明珠は、英翔に手を掴んで引きとめられた。


「調べ物に詰まって、一息入れにきただけだ」

「じゃあ、甘いお菓子でもお持ちしましょうか?」


 歩こうとしたが、英翔の手は離れない。呆れたように英翔が口元に笑みを浮かべる。


「落ち着きのない奴だな。せっかく飾りつけたんだ。もう少し、灯籠に見惚みほれていても、罰は当たらんぞ。気に入ったんだろう?」


「はいっ! すっごく綺麗です!」


 この美しい光景を見られただけでも、蚕家に来た甲斐がある。


 三人で並び、しばし無言で光が揺らめくさまを眺めていた明珠は、ふと思いついた疑問を口にした。


「そういえば英翔様。『昇龍のお祭り』では、どんな願いごとをなさるんですか?」


 言い伝えでは、皇帝や皇子達が天へと放つ龍の《気》に乗って、庶民の願いごとも天へと届くのだという。そのため、昇龍の祭りの日には、願いごとを書いた短冊を、灯籠の火で燃やす風習がある。


 蝋燭ではなく光蟲を使っている蚕家では、別の火で短冊を燃やすのだろうか。


 明珠の問いに、英翔は答えずに逆に聞き返してきた。


「お前は、どんな願いごとをするんだ?」

 問われて即答する。


「順雪が立派な大人に成長してくれるようにと、毎年願ってます!」


「他には?」


「えっと……家族みんなが病気せずに元気に暮らせるようにっていうのと、あと、借金を早く完済できるようにっていうのも、お願いしますよ?」


 答えると、なぜか英翔は呆れたように顔をしかめた。


「それでは他人事ばかりではないか。自分の願いはないのか?」


「もちろんあります!」

「言ってみろ」

 英翔に促され、笑顔で答える。


「いつまでも元気で働けますように、って!」


「……働かなくていいほど金持ちになりたい、ではないのか?」


 英翔の呆れ声に、とんでもない、とかぶりを振る。


「身の程はわきまえているつもりです。そんなこと、起こるはずがありませんから! それに、労働は尊いものです。働いた分、ちゃんとお給金がもらえるんですから。身体さえ元気でいられたら、多少の労苦は乗り越えられます!」


「明珠は地に足がついた考えの持ち主なんだな」

 張宇に微笑んで言われ、嬉しくなる。


 が、英翔はますます渋面になっている。英翔の顔を見て、明珠は最新のお願いごとを思い出した。


「あっ、でも、今年は願いごとが増えました」


「何だ? お前のことだ。どうせまた、ささいな願いごとなんだろう? 菓子を腹いっぱい食べたいとか、給金が上がるようにとか、そんな程度の」


 小馬鹿にしたように笑う英翔に、きっぱりとかぶりを振る。


「いいえ。これはなかなかの大願ですよ」

「よし、聞こうではないか」


 英翔の目が好奇心に輝く。黒曜石の目を見つめ、明珠はにっこり笑って告げる。


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