戦いの終焉


 アイルは結局何もできず、センミンとガルダン達の戦いを見ることしかできなかった。

 大木に変化した木の精霊の攻撃を、金の精霊の壁で止める。

 センミンが打って出れば、ガルタンは水の魔法を使った。けれどもそれをも金の精霊が新たな壁で防ぐ。隙をついてセンミンが剣を振りかざすと、今度はシアが炎の魔法を使う。 

 金の精霊はそこまで守れなかったが、金の剣が盾のような光を放ち、炎を防いだ。


「なんで、」


 戦いは互角。

 アイルとナルが加勢をすれば、勝てる戦い。

 それでもアイルは動けないでいた。


「アイル。早く止めなければ、犠牲者が増える」

「わかってる。けど」

「王を止めればいいんだ」

「ウェルファさん!」


 突如会話に入り込んできた声がウェルファだと気がつき、アイルは振り向く。

 ナルは少し警戒するように視線を厳しくした。


「私はウェルファ。土の精霊の契約主だ。アイルの仲間だ」

「俺は、ナル」

「ナル。そうか君が。話は後だ。魔族の方はもう大丈夫だ。すぐに引き始める。人間が問題だ。王が戦いを進めているのだろう。それなら、王を止めるだけだ」

「どうやって」

「私がタナンと動く。アイルとナルは、魔族を追撃する人間をとめてくれ」


 アイルが戸惑いの表情を浮かべ、ウェルファは首を横に振った。


「センミンのことは考えるな。ガルタンとシアと木の精霊に任せれば大丈夫。魔族のことを頼む。ランデンと約束した。これ以上の犠牲は出したくない」

「わかりました」

「ああ」


 アイルが頷き、ナルが返事して動き出す。

 ウェルファは土の精霊の力を借り、すぐにその場からいなくなった。


「アイル」

「わかってる」


 戦っているセンミンの様子がまだ気になったが、アイルは首を振り自分がすべきことを考えた。

 水の剣を抜き、ふと気がつく。


「ナル」

「水の剣は君が使え。俺はこれでいい」


 アイルにそう笑いかけ、ナルは兵士から奪った剣を不敵に見せた。


 

  ☆


「王よ!」


 突然背後に現れたウェルファに王は驚く。

 近くにいた王太子が喚き、剣を振り回すが、ウェルファはすぐにタナンに命じた。


「土の牢に閉じ込めてくれ」


 タナンは頷くとすぐに実行に移す。

 王太子が騒ぎ、ウェルファは同様の命を出した。 

 一瞬で二つの大きな土の塊ができ、ウェルファはよくやったと労う。

 

「センミン!戦いは終わりだ。王を閉じ込めた。すぐに戦いをやめるように人間に伝えろ」

「ウェルファ!」

「無駄だ。金の精霊の力ではこの土の牢は壊せない。早く、撤退の命令を出せ。ガルシンも同じように土の牢に閉じ込めてある」


 センミンはウェルファを睨みつける。

 だが、精霊二人を前にして勝てる自信はなかった。

 正直、そのことをほっとしている自分にも気がつき、王子としての誇りが責め立てる。

 

「センミン!父上と兄上が死んでしまう。早くしろ」


 土の牢には息ができるように小さな穴が開いてある。しかし中から王の声も聞こえて来ないことから、そのことに気がつかない王子達が騒ぎ始めた。


「ああ、この人達も王族だった。ウェルファ、一緒に閉じ込めてやんなよ」


 騒ぐ王子らを揶揄するようにガルタンが笑う。


「やめてくれ。センミン、早くしろ!」


 末子のセンミンよりも己が命じればいいのに、王子達はひっきりなしにセンミンへ指示を出す。


「わかりました。俺が止める」


 センミンはどうしようもない兄弟達を睨んでから、視線を逃げる魔族を追撃する人間達に向ける。


「チェリル、戦いの中心に飛んでくれ」

「かりこまりした」


 金の精霊は満面の笑顔を浮かべ、金色の光を放つ。


「後を追う!」

「あたしも行くよ」


 ガルタンはセンミンを信用していない。なので、木の精霊に頼み、センミンの後を追った。



「人間のくせに、魔族の味方か!」


 ランデンはウェルファに言ったように、魔族達に撤退の命を出していく。

 その隣でルディアも手伝い、リリーズやサンズも仲間達に声をかけていく。女子供も多いこともあり、撤退を不服とする者も少なく、次々と戦闘から離脱していった。

 それに対して追撃を見せる人間には、アイルとナルが立ち向かう。


「ナル。これを使って!」


 普通の剣では魔法に対応するのは限度がある。

 なので、アイルは銀の盾をナルに渡した。


 水の剣で炎を断ち切り、水の攻撃では剣を振り、同じ水の力をぶつけ相殺する。

 ナルは銀の盾ですべての魔法攻撃を防ぎ、その隙を狙って、攻撃を仕掛け、戦闘不能に陥らせた。

 ガルシンという司令塔と、王が不在の中なのに、憎しみで目がくらんでいるためか、人間達は追撃を止めようとしなかった。

 彼らは、同じ種族でありながら、魔族を守ろうとするアイル達まで、憎しみの目を向ける。

 

「直ちに戦闘を止めろ!私は、アドランの第七王子のセンミン・アドランだ!」


 眩い光が二回放たれ、同時に声がした。

 センミンの隣に、金の精霊、そしてその背後にガルタン、シア、木の精霊が姿が現れる。

 

 ーーみんなが。


 これで戦いが終わるとアイルは安堵して剣を下ろした。

 だが、その瞬間、センミンの言葉を無視した人間の矢がアイルを射抜く。


「アイル!」

 

 ナルの叫びで、センミンはアイルが傷を負ったことを知る。すぐに駆けつけ、ナルに抱かれるアイルを屈み込んで見る。


「チェリル!」

「かしこまりましたわ!」

「まっ、…て!センミン……。私の傷を癒してくれるなら、他の人も、魔族も癒してください」

「アイル!」


 射抜かれた傷口からは血が溢れ出ている。

 一刻も争う状態なのに、彼女はセンミンに願った。


「お願い……します」

「……わかった」


 センミンは彼女の差し出された手を掴み、両手でそれを包みこんだ。


「チェリル。すべての、この場にいるすべての者の傷を癒せるだけ、癒してくれ。俺の精気を全て使ってもいい」

「かしこまりましたわ」


 チェリルはセンミンの口元に手を当て、眩い光をそこから吸い取る。

 軽いめまいを覚えながらも、センミンはアイルの手を掴んだまま、彼女を見つめる。


「ありがとう」


 アイルが微笑み、チェリルから光が放たれた。

 その場が光に包まれる。

 太陽がその場で破裂したような激しい光で、誰も彼もが目を開けて入れられなかった。

 光が止み、人々が、魔族が歓喜の声を上げ始めた。


「少し休みますわね」


 金の精霊は石の姿に変化し、完全回復したアイルはナルの腕から抜け出し、センミンの前に立つ。


「センミン。ありがとう」

「……お礼はいらない」


 センミンは精気をチェリルに与え過ぎて力が入らない体に鞭を打ち、立ち上がる。 

 王に代わり、彼は人間達の戦いを止めさせなければならない。


「全て者、人間、魔族にかかわらず傷を癒した。争いをやめ、剣を引くのだ。せっかく蘇った命を再び失うこと、癒えた傷を再び開く必要はない。アドランの第七王子として、願う。戦いを止めて、それぞれの場所に戻るのだ」


 光で浄化されたのか、人間たちは興奮状態から覚めたように武器を下ろし始める。

 死の淵から蘇ったものは、立ち上がると家族、友人の姿を捜し求めた。

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