アドランの王子として
「何者だ!」
兵士達が、王と王族の守りを固める。
アイルはそれを突破しようとして、兵士に咎められた。
「アイルと申します。王に話があります。通してください」
「身元がわからぬ者を王に目通りされるわけにはいかない」
だが、薄汚れた格好の少年にしか見えないアイルを兵士達が通すことはない。
「なっ!」
そんな兵士達へ、ナルは先制攻撃とばかり殴りかかった。
「アイル!王のところまで走れ!」
「待て!」
兵士の数は十五人程度。ナルは、戦闘不能に陥らせることを目的に戦い、アイルは兵士達の避けながら、王の元に駆ける。
「王よ!戦いを直ちにやめさせて下さい!」
兵士の壁をくぐりぬけ、飛び出してきたアイルに王は眉をひそめる。
「お前は何者だ?王に向かってなんという口の利き方だ」
王太子が剣を抜き、王の前に立った。
「私は、魔王であったバルーの妹のアイル。兄の罪は私に。けれどもこの戦いは無意味です。直ちに終わらせてください!」
「魔王の妹だと?父上。この者の言葉に耳を傾ける必要はありません。センミンにより魔王は倒された。この上は、この王太子センリンがその妹を成敗いたしましょう」
アイルは王太子に剣を向けられたが、恐れることもなく、剣を取ることもなかった。
「私が殺されれば、戦いをやめてくれますか?」
「何をほざくのだ。お前の命になど価値はない」
王太子は剣を振り上げたが、それを振り下ろすことはできなかった。
「センミン?!」
センミンが金の精霊と現れ、王太子の剣を受け止めていた。
兵士との攻防で動けなかったナルは、それを見て安堵して兵士との戦いを続ける。
「なぜお前が?」
「兄上。なぜアイルを殺そうとするのです。たかが普通の娘です。バルーの妹ですが、今回精霊を石を封じるために命をかけた娘。それを殺そうとするとは、どういう了見ですか?」
センミンは王太子を冷やかに問い詰める。
アイルはセンミンの背後で二人のやり取りをただ眺めるしかできなかった。
「だが、魔王の妹ではないか。しかも、このような態度、無礼にもほどがある」
「だからといって殺していい道理はない」
センミンは凛と言い放ち、王太子の剣を受け流し、その顔を睨み付ける。
剣を簡単に受け流され、その事が自身の力量の無さを示されるようで、王太子の自尊心を傷つける。彼の表情の変化からアイルにもそれがわかった。
だが、彼が何かを言おうとする前に、光の玉が出現した。
「センミン!あれ、アイルもここにいる」
光が四散し、現れたのは三つの人影。
シア、ガルタン、木の精霊のリリーだ。
シアは王の顔を知らないし、元からそういうことに無頓着である。またひとつのことに集中すると周りが見えないこともあり、ただセンミンに近づく。
あっけにとられていた一同だが、王太子が我に返ったのが先だ。
「お前は何者だ?」
「あたし、あたしはシアだよ。あんたは……、王族か」
「……王太子だよ。姉さん」
ガルタンはアドランの村の襲撃からセンミンを始め、王族を毛嫌いしている。しかしガルシンについて王に会ったこともあるので、王と王太子の顔は知っていた。
「王太子。それはそれは。だけど、そんなことより、センミン。ちょっと力を貸してくれないかい。魔族の奴らが怪我をしてるんだ。チェリルの力を貸してくれよ」
シアの動じない様子に、センミンすら驚くしかなかった。
センミンに対する態度は仕方ないとしても、王太子をそんなことで片付けるなど、あり得ないことだった。
王太子は顔を真っ赤にさせている。
「早く!死んでしまったらどうしようもない」
シアはセンミンの腕を掴み、引きずっていこうとする。
「待て!その魔王の妹といい、その野蛮な女といい!無礼だ!不敬罪だぞ!」
王太子はわめき散らす。
それはとてもみっともない姿で、やっと王が出てきた。
「センリン。落ち着くがいい。アイルだったか。魔族との戦いをやめることはできない。戦いをやめれば、また魔族は人間を襲う。それなら殲滅させるべきだ」
「殲滅!なんてこと。折角生き返ったのに。戦えば、魔族だけじゃなくて、人間も死ぬ。そんなの無駄です」
「人間が死ぬ。そうではないだろう。センミン。お前の精霊が人間のみは治癒させるであろう?」
「そんなこと!」
王の言葉に、アイルを初め、シア、ガルタンが口を挟む。
「……仰せのとおりです。父上」
「センミン!なんで、そんなこと。嘘だと言ってください!」
「センミン。そんな馬鹿なこと、あり得ないよ!」
「最低だ。思ったとおりの男だ」
センミンはアイル達の言葉に返すことはなかった。
「用はそれだけか。戦いの邪魔をするなら、私達の敵だ。そうだろう。センミン」
「上等だ!魔族が死ぬ前に、この王を殺す。そしたら、戦いは終わる!」
王の決断やセンミンの態度に衝撃を受けアイルやシアは呆然とするしかない。代わりにガルタンが叫んだ。
同時に木の精霊が大木の姿へ変わる。
「私たちは敵ではありません。王、魔族は敵じゃありません!」
「センミン」
王はアイルに答えずに、センミンの名を呼ぶ。
「魔族は殲滅すべきだ。アイル。俺はお前と戦いたくない。折角生き返ったのに」
剣を片手にセンミンがゆっくりとアイルに近づいた。
「戦わなければいいのです。センミン!」
アイルはセンミンへ叫ぶ。
「俺は、アドランの王子なんだ。アドランの王の下、民を守るべき使命がある」
「そうだ。センミン。お前は王の命を聞くべきなんだぞ」
王太子がそう囃し立てる。
「センミン。戦いを邪魔するものは全てが敵だ。排除しろ」
「センミン!」
アイルはいつもの彼に戻ってほしいと、その名を必死に呼ぶ。けれども、声は届かず、彼は金の剣を構えた。
「チェリル。王と王族の防御を頼む」
「センミン。僕は前から君が嫌いだった。だけど今はもっと嫌いだ。リリー!」
「なんで、こんなこと」
敵対するセンミンとガルタンに、シアは悔しそうに顔をゆがめる。
――どうしたらいい?どうしたら戦いは終わる?私が火と水の精霊の力を使って、王を殺せば、戦いは終わる?
戦いを終わらせるには、圧倒的な力が必要だ。
アイルの懐で赤色の石が熱を帯びている。
「アイル!」
だが、肩をつかまれ、彼女は我に返った。
「火と水の精霊の封印を解いたら終わりだ。君もバルーのように変わってしまう」
ナルにそう言われ、アイルは唇を噛む。けれども自身の無力に苛立ちは募った。
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