戦いを止めるために


「センミン!」


 聞き覚えのある声を聞き、センミンは不覚にも動きを止めてしまった。だが、魔族の攻撃が彼に届くことはない。目の前に展開される金色の壁に魔族が吹き飛ばされた。


「チェリル!」

「覚えていましたか?」

「あったり前だろうが!」


 壁を利用して、彼は魔族に攻撃を仕掛けた。


「センミン!」


止めを刺そうとした彼を遮ったのはチェリルだ。


「アイルが生き返りましたわ。彼女が願うのは戦闘停止と誰もこれ以上犠牲にならないことですわ」

「アイルが」


 センミンは彼女の姿を探そうと、チェリルの視線を追う。そうしてアイルの姿を見つけたが、その場に黒髪に見覚えのない男がいて、目を細めた。


「彼はナル、です。水の精霊の最初の契約主で、アイルの最初の仲間」

「仲間」


 アイルは「ナル」と名乗り、彼のふりをしてきた。彼のために実の兄を殺そうとしたこともあった。それほどの想いかと、センミンは二人の姿を見つめる。


「センミン。この魔族を癒しますわ。今さら抵抗はしませんでしょう」

「……必要ない。魔族は捨て置いて、人間だけを治療してくれ」

「センミン?」

「俺達は魔族を殲滅させる。そのための戦いだ」


 ――アイルはあのナルという男と、戦闘停止のために動くはずだ。そんなことは知っている。だが、俺は……。


「チェリル。いいな。人間のみを治療しろ」

「……かしこまりました」


 彼女にしては珍しく不服そうに、しかし、契約主の命令である以上、従うしかなかった。

 



 がむしゃらにマイリの行方を捜しても無駄と、ウェルファは大きな剣を持っていた男を探す。武器らしい武器を持っていない彼は、落ちていた剣を拾う。剣の使い方などわからないが、素手では分が悪かった。ウェルファは剣の柄を握り締め、男の行方を求めた。


「見つけたぞ!タナリ。注意をそらしてくれ」


 土の精霊は頷くと早速土の礫を男に向かって放った。


「精霊?!」


 五つの精霊が石の姿に戻り、奇跡の星となった姿を見ていた男は、現れた精霊が信じられず驚く。けれども戦士である彼は、数十もの礫を大きな剣を振り回し粉砕した。


「すごいな」


 だが、注意は精霊に向けられており、彼は背後から近づくにウェルファに気がつかなかった。


「形勢逆転だ。マイリの場所を教えろ」


 剣先を首筋に当て、彼は静かに問いた。



「リリーズ!」


 ガルタンは魔族の娘の姿を見つけ、駆け寄る。だが、その前に魔族が立ちふさがった。


「僕は敵じゃない!リリー、手を出さないで!」


 契約主を守るため、大木の姿に変化した木の精霊にガルタンは命じる。


「僕は戦いを終わらせたいんだ。折角生き返ったのに、また戦って死ぬなんて馬鹿らしいよ」

「馬鹿らしい?それがなんだ?人間が魔族を殺そうとする。戦わなければ死ぬ!」

「そうだね。でも、戦ってほしくない!」


 魔族の男が剣を振るい、それをガルタンは避ける。


「リリーズ。僕は戦いを終わらせたいんだ。僕だけじゃない。姉さんも。覚えている?姉さんのこと?」

「リリーズ。大きくなったね。すっかり娘じゃないか」


 シアは杖をおろし、魔族の後ろにいるリリーズに話しかける。


「シア……。本当にシアだ」

「リリーズ?こいつらは?」

「サンズ。覚えていない?私達の村に遊びにきた魔法使いの家族がいたでしょ?あの時の子達だよ」

「……」


 魔族の男はリリーズの言葉に二人を食い入るように見た。


「ああ。覚えている。男の子が二人だと思っていたら、一人は娘だったのか」

「失礼だね!そういえば、あんたのこと思い出したよ!リリーズのそばにいた生意気なガキンチョだろ!」

「生意気なガキンチョ。なんだ、その言い草は」

「あたしらによくちょっかい出してきたガキンチョだろ。魔法はまだ使えないのかい?」

「うぬぬ。この娘!」


 魔族の男は怒りを見せる。しかし、そこにはさっきまでの殺気はない。


「あたしは、魔族も人間も好きなんだ。一緒に遊んだこと覚えているよ。楽しかったな」

「ふん」


 シアが微笑みかけると魔族の男は少し照れたように顔を背けた。


「そういえばあんた名前なんだっけ。あたしはシアだよ」

「俺はサンズ」

「サンズね。なあ。あたしは戦いをやめさせたい。協力してくれないか?」

「リリーズ。このまま双方が戦ったら、被害を大きくなるだけだ。僕は精霊の力を使える。この力を使って魔族を守る。だから、戦いをやめてくれないか」


 シアがサンズに、ガルタンがリリーズに呼びかける。


「……戦いをやめさせる?そんなこと無理に決まっている。戦わなければ殺されるだけだ」

「殺されないように、あたし達が守る。戦いをやめてほしいんだ」

「リリーズ。どちらかがやめないと戦いは永遠に続くんだ」


 シアとガルタンの言葉に、二人は顔を見合わせる。


「私はガルタンを信じてみる。村を襲った奴は憎い。だけど、折角生き返った村の人がまた死ぬのはもっとつらい」

「……なら早速助けてくれよ。精霊は治癒の力もあるんだろう?」

「うん。待ってな。治癒をしてくれる精霊をつれてくるから!リリーお願いできるかい?」

「リリー。金の精霊をつれてこよう。死んでなければ治癒できるって言っていたから」

「サンズ。待ってな。とりあえず、戦うのではなく、逃げるようにしてくれ。人間側にも今働きかけるから!」


 シアはついでにセンミンにこの馬鹿な戦いをやめるように言おうと決め、サンズに手を振る。子供の時に遊んだことがある魔族の子。生意気だった記憶しかない。けれども、楽しかった思い出だ。魔族と人間は争う必要などはない。シアはそう信じていた。

 木の精霊は金の精霊の気配を探り、ガルタンとシアを包むと移動した。


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