魔王バルー2

「ティマ。おいおい。なんでここにいる?相手を探してるのか?一緒にどうだ?」


 火の精霊がバルーの側を離れ一人で立っていると、話しかけてくる者がいた。

 相当酔っているのだろう、火の精霊のことをティマと認識しているようだった。


 ――どういう意味?


「アンタ、アタシを誰だと思っているの?一緒?ごめんだわ!」


 火の精霊は吐き捨てるように答える。


「ははは。威勢がいいな。あの時もそうだったな。まあ、ぶち込んでしまえば、喜んでケツを振っていたな。なあ、大勢にやられるのが好きなんだろう?」


 火の精霊が動くよりも早く、バルーが動いていた。離れていたはずなのに、彼はいつに間にか男の傍に立ち、携帯していたナイフでその腹部を迷うことなく刺す。



「お前の仲間はどこだ?助かりたいだろう。ティマを穢した仲間の名前を全員あげろ。そうじゃないと、殺す!」

「ひっ!」


 汚らわしい男は、数名の男の名と住処をバルーに告げる。


「言った!言ったぞ。早く薬師に連れて行け!」

「助けるわけがない。死ね」


 バルーは腹部に刺していたナイフを抜くと、心臓に突き立てた。


「おい!何やってるんだ!」


 その光景を目撃したものが声をあげ、人が集まってくる。


「見つける手間が省けそうだ」

「見つける?そんな面倒なことするの?ねぇ。全部燃やしていい?そのほうがすっきりするわ。アタシ。嫌な思い出は残したくないのよ」

「……そうだな。そうしてしまおう。ティマ、全部燃やせ」

「ふふふ。ありがとう。これで、すっきりするわ」


 それからの映像は、アイル自身がよく知っているものだった。燃え盛る町。逃げ惑う人。笑っている兄。


 ――そうだ。兄さんはこうして壊れてしまったのか。義姉にされた暴行。それに罪の意識を感じてない男。怒りのまま、殺してしまって、兄さんは壊れてしまった。


 アイルは兄が変わった本当の理由に気づかなった自身を詰るしかなかった。

 きっかけは火の精霊ではなかった。

 理由の一つであるが、兄が変わった真の理由は、ティマへの暴行とその実行犯を殺したことにあった。


「アイル」


 嵐のように心を揺さぶる後悔の念を抱えていると、不意に声をかけられた。

 うつむいていた顔をあげると、バルーがそこにいた。


「兄さん……」

「アイル。お前には本当にすまないことをした。俺は、石をさがすべきじゃなかった。あのままティマを追って死ぬべきだったんだ」

「兄さん!」


 ――そうじゃない。そうじゃない。死んでしまったら終わりだ。


  そう思ったが、アイルは口にできなかった。

 兄の罪は重い。

 人間と魔族を殺し、その上、争いの元を作った。


「俺が罪を償うとしたら、死ぬことだ。それ以外にない。だけど、アイル。お前は違う。お前は死ぬことはないんだ」

「兄さん。私も死ぬべきだよ。だって、兄さんと止められなかった。そして優しい人を巻き込んだ」


 アイルは、黒髪の優しい人を思い出す。

 今頃は生き返っている優しい人を。


「罪はすべて俺にある。神も、それは知っているさ。だから、俺はお前を切ったんだ。俺がお前を殺せば、お前は生き返るはず。だけど、どうしてまだここにいるんだ?早く、あの扉を開けて、行くんだ」

「兄さん。一人で背負ったらだめだ。私が少しでも一緒にいて」

「アイル。お願いだ。生きて幸せになってくれ。俺はどんな目にあってもいい。お前が幸せなら」

「兄さん!」

「ナル。確か君の名をナルだったな?」


 突然、バルーはアイルの背後に向かって話しかけた。


「そうだ」


 懐かしい声がして、アイルは振り返る。

 そこにいたのは、あの優しい人だった。


「ナル!」

 

 ――どうしてここに?ってことはまだ生き返ってない?どうして?


「アイルのことだから、生き返ることを渋るだろうと思って、彼に頼んだ」

「兄さん!なんてこと頼むの?」

「そうじゃないと、お前は戻ろうとしないだろう。お前が生き返らなれば、彼も残ると言ってる」

「ナル!だめだよ。それは!」

「それは君も一緒だ。君は生きるべきだ。俺がそう願ったのに、君は約束を破った」

「約束、でも、」

「ナル。アイルのことを頼んだよ」

「あなたに言われなくてもわかっている」


 ナルはバルーにそう返し、アイルの手を掴んだ。


「戻ろう。君には新しい仲間がいるのだろう。俺にも紹介してくれるかな」


 失って、もう二度と見ることができないと思っていたナルの笑顔がそこにあって、アイルの目頭が熱くなった。


「アイル。お前に責任を取らせることになるかもしれない。だが、俺はお前に生きていてほしいんだ」

「兄さん!」


 泣き出してしまったアイルの頭をバルーは撫でた。


「銀髪の彼に悪いことをすることになるかもしれないな」

「え?」

「なんでもない。アイル。幸せにおなり。俺は俺の罪をここで償う」


 バルーは微笑み、アイルは兄と別れ、ナルに手を引かれて光輝く扉を目指す。

 涙で視界が歪み、ナルに導かれないとまっすぐ歩けないくらいだった。


「アイル。行くぞ」

「うん」


 ナルは光の扉まで来ると立ち止まり、扉の取っ手を掴んで押すように開く。

 中から突風が吹いた後、二人は扉の奥へ引き込まれた。


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