奇跡の星


「ウェルファ!何するんだ!」

「センミン。水の精霊の石はどこだ?」


 

 魔族と人間の戦いが続く中、動揺から最初に立ち直ったのはウェルファで、彼は抗うシアを押し切って、アイルの躯から火の精霊の石を探し出し、淡々とセンミンに問いかけた。


 センミンは躯を汚すような行為に、ウェルファを睨み付ける。だが、彼は何も答えず、水の精霊の石を探す仕草をした。


「石はここだよ」


 ガルタンは顔色が優れなかったが、センミンのすぐ近くに青色の石を発見すると拾う。


「どうする気だ?」


 アイルが死んでしまったことに予想以上の衝撃を受け、自分自身でもわけがわからなくなっていたセンミンだが、やけに冷静なウェルファによって少し平静を取り戻す。


「早く五つの精霊の石を集めて、皆を生き返らせる。バルーによってアイルが殺された。ということは、彼女も生き返る」

「そうか!」

「そういうことか、あんた頭いいねぇ」

「なるほどね」


 ウェルファの説明に、センミン、シア、ガルタンが声をあげる。

土の精霊はすでに石に返り、金と木の精霊はそのことを予想していたのだろう、穏やかな笑みを見せていた。


「そうだ!石が揃ったんだ。僕はこれを魔族に知らせる。そうすれば、こんな馬鹿な戦いも終わる」

「そうだね。あたしも賛成だ。一緒に行こう」


 アイルが生き返るならもう心配することはないと、彼女の躯をゆっくり地面に降ろし、シアは立ち上がる。魔族と人間の争いは混乱しきっており、弟一人にその役目を任せられなかったからだ。


 最後の木の精霊へ命令なるだろう。ガルタンは彼女に、魔族たちの戦いの中に自分たちを移動させるように伝える。

 すると彼女は光に変わり、二人の姿を包んだ後消えた。


「アイルは生き返るんだな」


 生き返るとは知っていても、そのままにしておくのは心もとない。

 センミンは己が身につけていたマントを彼女にかけた。


「ああ。皆生き返る。王も、お前の兄弟もだ」

「ああ」

「センミン。バルーはおそらくわざとアイルを殺した。私の推測だが、アイルは命を代償にして、水と火の精霊を閉じ込めたと思っている。だから、命が完全に尽きる前にバルーはアイルを殺した。彼はおそらく、私達がやろうとしていることを予想していたのではないか?」

「馬鹿な。バルーは魔王だ。そんなこと、」


 センミンはそう言いかけ、言葉を止める。

 バルーは最後に微笑み、「アイルと頼む」と言っていた。

 それは彼が全てを知っていたということだ。


「ありえない。それであれば、なんで奴は魔王になったんだ?一度、いや何度もアイルを、実の妹を殺そうとしたじゃないか!」

「私にはわからない。だが、火の精霊を失って正気に戻ったんじゃないか?」

「それでも、奴が火と水の精霊を使い多くの人の命を奪ったことには変わらない」

「そうだな。確かに。だからこそ、奴も死を望んだんだろう」


 最後の最後、バルーは抵抗しようと思えばできたはずだった。彼は火の剣を持っている。だが剣を下ろしたまま、センミンに切られた。

 激情のままバルーを殺したことに、センミンは後悔の念を持つ。


「お前は奴の望みを叶えた。アイルも、それはわかるだろう」


 ウェルファの言葉を聞きながら、センミンはアイルとバルーの躯に視線を向けた。


 ☆


「やめろ!」

「やめな!」


 木の精霊リリーはガルタンとシア、両陣営がまさに争っているその場に連れて行った。光から人型になり、さらに、大木に姿を変え、二人を守るように立つ。


 二人の言葉よりも、眩い光と突如現れた大木の存在に、時が止まったかのように、両方の動きが止まる。


「戦うことは無意味だ!五つの精霊の石が揃った。これから石を使って戦いで犠牲になったすべてのもの、魔族、人間に関係なく蘇らせる。だから、戦いをやめるんだ!」


 一時訪れた沈黙で、ガルタンが畳み掛けるように高らかに叫ぶ。

 動揺が、特に事情を知らない魔族のほうで上がった。


「それは本当なの?」


 代表するかのようにガルダンに問いかけたのはルディアだ。

 この街で別れて以来会っていなかったガルタンは、彼女が生きていたことに安堵した。


「本当だ。神の使いである銀の精霊が、バルーの妹であるアイルにそう伝えた。今、この場に五つの精霊は揃っている。だから、みんなを生き返らせようと思うんだ。だから、もう戦わなくてもいいんだよ!」

「皆が生き返る。リリーズも?」

「そう。リリーズもだ」


 ルディアが興奮気味に問いかけ、ガルタンがしっかり頷く。脳裏に浮かぶのは、兵士たちに向かっていく前にリリーズが見せた笑顔だ。胸が熱くなり、早く生き返らせたいと気持ちが急く。

 だが、それに冷たい声をあげたのはランダンだ。


「私は信じない。そんな都合のいい話などあるものか。我々が戦いを放棄したら、その隙を狙って攻撃してくるつもりだろうが!」


 ルディアの隣に立っていたランダンが、木の杖を掴み、ガルタンに挑むように突きつける。


「そんなことはしない!信じてほしい」


 ガルタンは猜疑心の塊のランダンへ、必死に請う。


「私は信じない。人間など」

 

 しかしランダンは引かなかった。


「一旦引くぞ!」」


  

 そんな押し問答をしている時に、ガルシンが声をあげ、魔法使いと戦士達が魔族側から離れる。

 まさか、ガルシンが退却などするとは思ってもいなかったので、思わずガルタンは叔父に視線を向けた。


 ガルシンはガルタンに応えることはなかったが、やはり本気で休戦をするらしく、引いたまま、動きはない。

 あれほど立てていたセンミンの判断を仰ぐことなく、撤退命令を発したガルシンに違和感を覚える。しかしこれで休戦になればと、ガルタンは何も言わなかった。シアは元からガルシンを信用しているので、黙って成り行きを見るように、後ろに控えていた


「ルダ。人間側が引いた。我らも一旦引くぞ」

「ルダ様!」


 ルダに対して、ランダンだけでなく、他の魔族からも不満の声が起きる。


「人間の言葉を全部信じるのではない。試してみるのだ。よいな」


 ルダの宣言にしぶしぶ魔族たちは同意し、それぞれが武器を下ろした。

 ルディアは兄の決定に嬉しくなり、微笑むがルダがそれに返すことはなかった。


「意外に簡単だったね。ガルシン」

「そうだね。姉さん」


 二人はあっけない幕切れに拍子抜けした気もしたが、これでいいのだ言い聞かせた。


「リリー。ありがとう。石に戻って」


 木の精霊はガルタンの言葉を受け、光を放つと石の姿を変えた。

 戦いが一旦休止したのを見て、センミンとウェルファが歩いてくる。二人の側に精霊の影はなく、すでに石の姿に変化しているのだとガルタンは予想した。


 静まり返る広場。

 魔族と人間が見守る中、精霊の契約主達が集まる。そうしてお互いの精霊の石を一箇所に集める。

 ウェルファが懐から火と水の精霊の石を取り出し、それに加えた。


 何か言うべきなのかとセンミンが口を開きかける。しかしそれより先に五つの石が一斉に輝き一つになった。その光は真っ直ぐ天空を指す。

 光に導かれるように空の上に人型の何かが現れ、ゆっくりと降りてきた。

 皆が注目をする中、その人物は表情を変えることなく、一同を見渡した。


「私は銀の精霊。神の使いです。今回は問題なく精霊の石を集めたようですね。それでは魔族と人間、戦いによって失われた全ての命を蘇らせましょうか」


 銀の精霊は、冷たい表情のまま、手を空にかざす。すると刺すような光が天から地上に注がられえる。

 魔族も人間もあまりの眩しさに目を開けていられず、何が起きたのかわからなかった。


 再び目を開け、それぞれが信じられないと声をあげる。 

 光を湛えた泉が突如出現し、そこから死んだはずの魔族や人間が姿を現し、泉から上がっていくのだ。

 恋人、友人、親戚から親兄弟、再び会えるはずがない者たちが蘇る。

 最初は戸惑っていた者が多かったが、警戒しながら蘇った者たちに近づく。実際に話して、やはり愛する者たちだと確認し、歓声をあげ抱き合う。

 だがそのうち混乱が起き始めた。それはそうだろう。お互いに殺しあった者たちもいるのだ。

 自分の敵が目の前にいるのに、何もせずいられるわけがなかった。


「この野郎!」

「今度こそ殺してやる!」


 生き返った喜び、愛する者と再会した安堵感、それに包まれていたのも一時だけ。女子供を後方に争いが始まる。

 ガルシンは自分の思惑通りに事が進みそうで笑みがこぼれそうになった。

 魔族殲滅の目的を達するために、旗頭となるべくセンミンを探そうと見渡し、彼が銀の精霊のそばで顔色を変えているのを見つけた。


「……くだらないですね。本当に」


 銀の精霊は争いが再び起き始めるのを見て、本当に呆れたようだった。


「これなら生き返らせた意味がなくなりますね」

「銀の精霊?」

「ご安心を。アイルに話したように、バルーに殺されたもの、戦いによって犠牲になったすべての魔族と人間を蘇らせます。まあ、時期に死ぬでしょうけどね。神が私にこの役を託した理由がわかりました。神の姿を見せることの意味すら見出せない。くだらない。蘇るべき者が蘇ると、泉は自然に消滅します。これ以上、この場にいるのは不愉快以外何ものでもない」


 神の使いである彼は、珍しく感情を表し言い切った。センミンに目を合わせることもなく、銀の精霊は争う者達を見捨てるように、上空へ昇り、そのまま空に溶けるように消えてしまった。

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