水が消える時、そして……。
塔自体は静まり返っていた。
けれども怒声や金属がぶつかり合う音は微かに耳に届き、壁や床から振動が伝わって来る。
「私はどうする気?こんなところでどちらかが滅びるのを待つ気?」
ルディアの声が部屋に響く。
「私が何もできないから?でもこんなところでじっとしててどうするの?役に立たない。無力だけど、私は戦いを止めたかったはず。魔族も人間も本当は争う必要なんてないのに」
自問自答を繰り返しながら、彼女は部屋を行ったり来たりしていた。
「それが何?こんなところに閉じこもっていて、待つよりはずっといいわ。そうでしょ」
ルディアは足を止め、扉を見つめる。
椅子を両手で掴むと扉に向かって振り下ろす。木製なので、何度か衝撃を与えると壊れるはず、単純な方法だが、彼女は繰り返し、ついに扉を破壊した。
汗で乱れた髪を、かき揚げ、一つにまとめる。
そうしてルディアは塔を駆け下りた。
☆
「この!」
水の精霊の両手は大木と化した木の精霊リリーの蔦によって、捕縛されていた。その上に駄目押しとばかり、石が積み重なっていく。
顔以外すべてが石に覆われた。
ルダの命を受けた魔族が助けようと試みるが、それは金の精霊チェリルの壁によって阻まれる。精霊の戦いを邪魔させないようにチェリルが周辺に壁を張り巡らせていた。
「バルー!」
水の精霊が契約主を呼ぶ声が悲痛に思えて、アイルは痛みを覚える。だが、青色の石を握りしめると、駆け出した。そうして水の側にたどり着く。
「アイル。ワタシを石に閉じ込める気ね」
水の精霊は落ち着いた声でそう問いかけてきた。目も穏やかで、アイルの方が動揺したくらいだった。
「だいたい予想はできてるわ。ナルに会ったら謝っておいてね」
「セフィーラ!」
「その名で呼ばないでよね。まったく。アイル。きっと苦しいだろうけど、後で楽になるから。頑張って。あなたなら大丈夫よ」
「セフィーラ」
「早くやりなさい。あなたの仕事でしょ」
涙がこみ上げてきたが、アイルは頷き石に戻るように念じる。水の精霊は火の精霊のように悲鳴をあげることはなかった。苦痛に少し顔を歪めた後、水に姿を変える。それは光を放ち、一箇所に集中していき、石の姿になった。美しい青色の石。
その瞬間、アイルの体から一気に力が抜けた。そうして、感覚が遠くなっていく。
「アイル!」
そう叫んだのはセンミン。
それは彼女にもわかった。
薄れていく視界の中で、争う二人の姿が見え、センミンを押し切ったバルーが剣を振り上げて、向かってきた。
――兄さん?そんなに私を殺したいの?
火の精霊を石に変えたことが憎いのかと、アイルはほとんど働かない頭で考える。
「アイル!最後に兄らしいことをさせてくれ。すまない」
兄の表情は、村で一緒に暮らしていた時と同じであった。けれども、彼は躊躇なく振り上げた剣を下ろす。
視界が血に染まる。耐え難い痛みの後、血にまみれた兄の、酷く辛そうな顔が見えた。
「兄、さん」
アイルが最後に発した言葉はそれだった。
彼女の意識は完全に沈み、体の全ての機能が停止した。体は温もりを失い、その場に崩れ落ちる。
「この!」
センミンの動きは誰も止められなかった。
いや、止めようとしなかったが正しい。
彼は激情のまま、金の剣でバルーを切る。
バルーの右肩から脇にかけて大きく切り裂き、血が飛び散った。己の返り血を浴びたセンミンにバルーは穏やかに微笑む。
「アイルを頼む」
「なっつ!」
驚く彼の目の前でバルーは笑みを浮かべたまま、ゆっくりと倒れた。
「アイル!」
センミンはシアがアイルを呼ぶ声で我に返る。そしてすぐに治癒を金の精霊に求めた。
「手遅れですわ」
「そんな!そんなわけないだろう!」
センミンは己の精霊に食って掛かるが、チェリルは苦痛を覚えたように顔をゆがめ、首を横に振るだけ。
「嘘だ。嘘だろう?センミン。金の精霊の治癒の力は絶対だろう?」
「シア。ワタクシはあくまで生きている者の治癒だけが可能なのです。それはセンミン、あなたもおわかりでしょう」
「わかってる。だが、アイルは!」
「アイルはすでに死んでいます。ワタシでは無理です」
「そんな!」
シアがアイルを抱いたまま絶望の嘆き悲しむ。
センミンはバルーを止められなかった自身に怒り、拳を強く握りしめた。
☆
「私達の勝利だ!魔族よ。負けを認めよ!」
アイルの死にセンミン達が動揺している中、朗々と声をあげたのはガルシンだ。
「人間よ。精霊の力がなんだというだ。我らにそんなものはもはや必要はない!」
戦意がなくなりかけた魔族を止めたのはルダだ。
杖を掲げ、魔族の長らしく、ガルシンに一歩も引かぬ態度で返した。
「わしに続け!」
「ルダ様!」
駆け出したルダの側に寄り添い、ランデンも杖を握りしめ走った。
「待って!」
人間と魔族が再びぶつかり合う、そんな中、魔族の女性が飛び出してきた。
戦いの中心に飛び出し、声を張り上げる。
「戦う必要がどこにあるの?」
それは、ルディアで、彼女は戦いを止めるために動いていた。
「ルディア様!お引きください。殺されたいのですか?」
一人の女性、魔族といっても、容姿以外は単なる人間の女性と変わらない。そんな彼女の声が届くわけがなく、ランデンはルダからの命令を聞く前に動いた。
彼女を背に庇い、人間の攻撃から彼女を守る。
「あ、ありがとう」
「まったく、あなたは!」
ランデンは声を荒げて、食ってかかりそうになったが今はルディアに構っている場合ではなかった。
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