それぞれの想い

 ルダが率いる精鋭ぞろいの魔族。

 けれども、ガルシンが集めた人間は、彼と同格レベルの魔法使い、腕自慢の戦士達で、戦いは互角だった。


 いや、ルダは、ランデンすら気づいていた。


「おかしいですね」

「お前もそう思うか」


 杖を掲げて水の魔法と火の魔法をそれぞれ、人間に向かって放つ。

 魔法使いが属性に合わせ、壁を作り、人間に触れる前に消滅した。


 だが、それだけ。

 人間は守りを固めており、攻めてくる事はなかった。

  

 魔法を使えない魔族は、これまた戦士と剣や斧で戦っていたが、人間側の攻撃は「殺す」目的ではなく、戦闘能力を奪うように、手足を狙うのみだった。

 それは、時間稼ぎをいう言い方が正しい戦い方。

 二人は疑問に思いながらも、戦うしかない。

 

 そうした戦いを繰り返し、お互いの戦力が三分の一ほどに減ったところで、大きな水の塊が現れた。

 

「こっちも戦っている途中ね。まあ、それでも「味方」はいた方がいいわね」

 

 水の精霊は姿を人型に変える。隣に立つバルーの表情が冴えない事にランデンは眉をひそめる。いつもは憎たらしいほど余裕たっぷりで、こちらを小馬鹿にしているような態度だが、今の彼は、顔色が悪く、ランデン達に目を向けようともしなかった。


 だが、それ以上考える余裕がなかった。

 水の精霊を追って、土と木の精霊が現れたからだ。



 急に慌ただしい雰囲気になった。


 見張りが忌々しそうに「人間」という単語を吐き出していたことから、ルディアは人間が攻めてきたのかと予想した。


「俺は加勢にいく」

「おい!ルディア様の見張りは!」

「何もできないさ。魔法もつかえないんだから」


 見張りは二人。

 一人がそう言い、塔を降りようとして足を止めた。

 

「あんたも来い!数は多い方がいい」

「は?ルディア様を一人で残していけないだろうが!」

「ふん。そんなの。人間のお味方のルディア様は、人間が来たとしても丁重に扱ってもらえるだろうよ。裏切りものは放っておけ」


 ルディアが幽閉されている部屋を睨んだ後、見張りの一人が首をしゃくる。

 渋っていたもう一人も溜息をつくと部屋に背を向けた。


 二人が塔を降りていく足音は、ルディアの耳にも届く。

 先ほどのやり取りも一言一句聞こえていた。


 「裏切り者」という言葉は重く、彼女は胸元の服をきゅっと掴んだ。

 誰もいなくなった塔で、ルディアは一人取り残され、魔族である自分、人間の味方である自分、その間で揺れていた。


 

  

 金の精霊チェリルが光の姿から人化する。

 アイルの視界が明瞭になった。木と土の精霊達、それからウェルファ、シア、ガルタンが見え、魔法使いと戦士達がその後ろに控えるように立っているのが目に入る。


「センミン様」


 ガルシンはセンミンの名を呼び、精霊乱入で膠着した場で、動きを見せた。


「守備はいかがでしょうか?」

「火の精霊は石にした。残りは水の精霊だけだ」


 センミンがガルシンの問いに答え、どよめきが起きる。

 歓声をあげたのはもちろん、人間側。

 声なき声をあげて、動揺し始めたのが魔族側だ。バルーという人間のことを嫌っていたが、 二つの精霊の力を拠り所にしていた部分があり、急に戦力を失って、慌てふためている。そんな感じであった。


「騒ぐではない。たかが火の精霊だけだろう。まだ水の精霊が我らの元におる。儂が長として頼りないか?」


 ルダの朗朗とした声に、魔族の動揺は少なくなっていく。

 

「センミン様。今です」


 動揺が収まりきれないうちに攻め入りたいと、ガルシンが彼に囁く。センミンは頷くと金の剣を掲げた。


「あと一人、水の精霊を手に入れれば、勝利は私達のものだ!行くぞ!」

「おお!」


 彼の号令に魔法使いと戦士が声をあげ、駆け出す。


「くそっつ。魔族と戦うなんて!」

「ガルタン。誰かが殺される前に決着をつけるよ!要は水の精霊を石に変えちまえばいいんだから!」


 舌打ちした弟をなだめるにはシアで、彼女はアイルにも目を向ける。


「アイル。さっきみたいに、みんなで水の精霊の動きを封じるよ!ガルタン、ウェルファ頼んだよ!」


 魔法使い達が走るとの同時に、駆けてきたシアがアイルの隣に並び、後方の二人にも声をかけた。

 二人は頷き、アイルも返事をする。


「センミンはバルーだよ」

「了解」



 素直にセンミンが返して、シアが驚いて目を瞬かせる。それがなんだか楽しくてアイルは笑ってしまった。

 緊迫した状況下、センミンだけでなくシアに変な顔をされたが、アイルは最後の時はこんな風に迎えられることを喜んでおり、微笑みを浮かべたまま、前を向く。


 あと一人。水の精霊を石に封じれば尽きてしまう命。けれど、こうして最後は暖かい気持ちで逝ける。

 そのことにアイルは満足して、前方の水の精霊、そして隣の顔色の悪い兄を眺める。


 ――兄さん。私が死んだら、一人になる。たくさんの人を殺した兄さんはいったいどうなるんだろう。


 火の精霊を失い、バルーはすっかり弱っているようだった。そんな彼の姿にアイルは心を痛めるが、痛みをこらえた。

 

 ――精霊の力に溺れた兄さんはその償いをすべきだ。兄さん、先に行って姉さんと待ってるから。




「バルー。わかってるわね」


  

 魔族と人間が再び戦いを始めた。

 水の精霊はバルーに聞こえるだけの小さな声で問いかけた。


「ああ。私は、俺は、取り返しがつかないことをした。けれども、アイルだけは救いたい」

「それじゃあ、よろしくね」

 

 水の精霊がそう言い、正面を見据える。

 すると待っていたかのようにアイル達、精霊による一斉攻撃が始まった。


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