炎が消える時

 水と火の精霊の気配を追ったアイル達、そしてガルシンが率いる魔法使い達。

 同じ場所に飛ぶことはなく、見事に二手に分かれることになった。


 それはガルシンにとっては、思わぬ誤算だった。

 驚く魔族に対して、戦闘態勢をとる。

 今戦うことは得策ではない。

 だが、戦わなければやられる。



 アイル達が火と水の精霊の意思を奪うまで、魔族の動きを止める。

 ガルシンの本来の目的はそこではないが、今は戦っても後で蘇るだけ。無駄なことはすべきではないと、引き止める役に専念した。




「バルー!」


 金の精霊が人型になり、視界が明瞭になる。

 センミンはバルーの姿を確認して、すかさず剣を抜いた。

 同様にウェルファとともに土の精霊と移動してきたアイルも、兄、火と水の精霊を視界に入れると、水の剣を構え、別の手に銀の盾を持った。

 石は懐に小さな袋に入れて隠してある。


「銀の盾?」


 余裕釈然と微笑みをたたえていた火の精霊が眉をひそめる。


 ――気づかれた?


 石を封じようとしていることを気取られたかもしれないと、アイルの剣を持つ手が汗ばんだ。


「銀がしゃしゃり出て来てるの?神が介入しているってこと?」


 それは問いではなく一人言。

 火の精霊は、アイルから何か探ろうとしているのか、射るように彼女を見ていた。


 ――気づかれたら面倒になる。精霊は心までは読めない。大丈夫。


  アイルは顔を強張らせたまま、火の精霊に視線を返した。


「あんたの相手はあたしだ」


 シアが、アイルを守るように、前に出て杖を掲げ、先制攻撃をかけた。


「ロンエン!」


 火の魔法でも一番上の、とぐろを巻いた炎がシアから放たれる。


「やった!アイル!後ろに回りな。銀の盾を使って!」


 アイルは彼女の指示通りに、火の精霊の後ろに回り込もうとした。

 が、火の精霊は、すぐにシアの炎を打ち消し、振り返った。


「アイル!」


 突然始まった戦闘に、後れをとっていたセンミンだが、アイルの元へ走る。けれども、バルーが立ちふさがった。


「チェリル!」

「わかってますわ」


 火の精霊の動きが早く、金の防御の力が遅れたが、銀の盾が炎を防ぎ、アイルが傷つくことはなかった。


「面倒な盾ねぇ!なんで、銀の奴が!」


 火の精霊は舌打ちをした後、後方に飛び上がった。


 様子をうかがっているように、火は戦闘から距離を置く。バルーはそんな彼女の様子を気にすることもなく、センミンと剣をあわせていた。

 規則的な金属音が響き、チェリルはアイルのそばに立つ。


「火が感づいている可能性がありますわね」


 ――おそらく、そうかもしれない。

 

 火の精霊は空高く飛び、アイル達を見下ろしている。


「なにやっているのよ。火!」


 悪態をついたのは、水だ。


 土と木の精霊の見事な連携攻撃、その上、ガルタンは水の魔法を使っており、ウェルファは肉弾戦で水の精霊に迫っていた。一人で四人の攻撃を受けることになり、水の精霊も上空に逃げる。


「ちょっと、水!バルーは?」

「それはあなたでしょ!」


 上空の精霊は契約主を残し上空に上がり、お互いに罵り合っている。


「お前の精霊って、大したことねぇな!」


 精霊が絡まなければバルーなど唯の人だ。センミンはたかをくくり、剣を振るう。


「まったく。私もその意見に同感だ」

「何って言ったの?バルー!」


 誇り高い火の精霊は、彼の言葉にすぐに怒りを表した。


「あったまにくるわ!」


 火の精霊は火の鞭を作り出し、降下するとバルーと相対するセンミンに襲いかかかった。


「いまだ」


 そういったのはガルダン。


「そうだな」


 答えたのは、ウェルファ。


「火!」


 大木の姿に変えた木の精霊が火の精霊をそのツタを使って捕縛。その上、土の精霊が礫の攻撃を加える。


「アイルいまだ!」


 ガルタンの合図で、銀の盾を放り出し、石を取り出した。


「アイル。何をする気だ」


 バルーが火の精霊に近づこうとするが、それはセンミンが防ぐ。


「私の事忘れているのかしら?」


 火の精霊の近距離まで迫ったが、水の精霊が氷の礫をアイルに飛ばした。

 防ぐのは金の精霊チェリル。

 金の防御壁が氷を弾き、とうとうアイルは身動きできない火の精霊の元へたどり着く。


「これでお前も終わりだ」


 アイルは左手で赤色の石を握り、右手で火の精霊に触れる。


「何?いやあ!バルー!」


 とたんに彼女が炎に包まれる。

 いや正確に表現するなら人型から炎そのものに変化させられていた。


「ティマ!」

「バルー」


 強制的な変化に火の精霊が悲鳴を上げ、バルーがセンミンを押し切って飛んだ。

 けれども彼が駆けつけるより先に、火の精霊が石の姿に戻るのが先だった。


「アイル!石を!」


 ぐらりと眩暈を覚えたがセンミンの言葉で意識を繋ぎ、彼女は地面に落ちた石を拾う。

 直後にバルーがアイルの前に立ち、剣を向けたが大木と化した木の精霊の攻撃により吹き飛ばされた。


「バルー!」


 水の精霊がバルーの体を抱きとめ、空に舞う。


「大丈夫か?」


 地面に膝をつき、顔色の悪いアイルの側に立ったのはセンミンだ。


「はい!」


 体力を、命を奪われているなどと気取られてならないとアイルは気丈に答え、差し出された手を取らず、自らの力で立ち上がった。


「逃げた!」

「追うぞ!」


 二人がそんなやり取りをしている間に事態は動いていた。


 水の精霊がバルーと共に姿を消し、ガルタンとシアが木の精霊と、ウェルファが土の精霊と共に飛ぶ。

 上空で鮮やかな光が次々と放たれ、消えていく。


「アイル。俺たちも追うぞ!」

「はい」


 差し出された手をアイルは今度こそ掴み、その暖かさに視界が歪む。なぜか泣きそうな自分を抑え、顔を上げた。

 驚いた顔のセンミンがそこにいて、アイルは戸惑う。


「なんで、泣いているんだ?」

「目にごみが入っただけです。そんなことはどうでもいいから、早く追いましょう!」

「……ああ」


 納得がいかないような、そんな表情をしていたが、センミンはチェリルを呼ぶ。

 金色の光が二人を包み、アイルはその暖かさに身をゆだねた。

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